4-4.枷が外れたオレの部下たちが優秀すぎる

 装備を見て、大体は予想……覚悟はしていたが、実際の請求額を見ると、また話は違ってくる。


「どうするつもりなんだ、コレ……」


 と、責めるような目線で、目の前に立つエルフの女性を見上げる。

 ギンフウが提示した予算をはるかにオーバーしている。


「あー。足りない分は、あたしとリュウフウのポケットマネーからだすから。形式上のモノが必要なだけよ。だ、か、ら、早く、サインちょうだい。サ・イ・ン」


 なかなかペンを握ろうとしないギンフウをコクランが色っぽい声で急かす。


「あたしたちも、そこそこ儲けているのよね――」


 サインを渋るギンフウに追い打ちをかけるかのように、しれっとした顔でのたまう。


 ギンフウは諦めとともに小さな息をもらすと、書類にサインをした。


 現在、コクランには新聞社と、二社の出版社経営を任せていた。

 三つとも最高責任者は別名義になっていたが、コクランが名義を使い分けて管理している。


 出版社は貴族向けの『お堅い』系と、平民向けに徹した『娯楽』提供の大衆出版である。

 両方とも絶好調なので、その中間あたりの層を狙った出版社をもう一社つくる頃合いだと、ギンフウは考えていた。


 さきほど話題にあがったリョクランのレシピ本も、コクランが経営している出版社から発行されたものである。


 また、ああ見えても、リュウフウもリュウフウで、次々と便利な魔道回路を発表し、その著作権でウハウハな状況になっているらしい。


 ギンフウが予測していたよりも、ずいぶん早いペースで成果がでている。


 組織の資金ももちろんだが、個人で自由に使える金も、怒涛の勢いで増えてきているようだ。


(枷が外れたオレの部下たちが優秀すぎる……というか、暴走している……)


 頭痛がした。


 もう少し、世間の常識を加味し、加減というものを理解してくれたら、自分の気苦労も減るのだろうが、世の中はそんなに単純なものではない。


 素直に喜ぶことができないのが、とても残念である。


 バランスは大事だ。


 せっかく、五年をかけてこの場所を整えたのに、必要以上に目立ちすぎて、皇帝の機嫌を損ねてはやっかいなことになる。


 いまはまだ、力が回復しきっていない。


 皇帝が自分らや子どもたちの抹殺へと心変わりしたら、それを退ける圧倒的な力が『深淵』にはまだなかった。


 苦虫を咬みつぶしたような表情になっているギンフウを、コクランはうっとりとした表情で眺めて……鑑賞している。


「はあ。やっぱり、美形の憂い顔ってサイコーよね。ゾクゾクするわ」

「…………」


(美形だらけで有名なエルフ一族出身のおまえがなにを言っているのだか)


 とてもいい性格をしている。


 思ったことを口にするコクランは、性格は悪いが、裏表はない。


 それがコクランの処世術だ。


 ボスであるギンフウに対しても遠慮なくズケズケ言ってくるし、ズカズカと内側に入り込んでくる。


 腹の中でなにを企んでいるのかわかりづらい奴らよりはわかりやすいが、扱いやすいかといえばそうでもない。


 エルフなので、ギンフウよりも年上だし、第十三騎士団に在籍している年月も長い。


 というか、ギンフウが赤子の頃からのことをコクランは知っており、たまに恥ずかしい話をされるから困っている。


 生きてきた歳月が違いすぎて、能力的にはギンフウが優れていても、経験の差はなかなかに埋められない。


「サインはしたぞ。仕事の邪魔しかしないのなら、さっさと出て行け」


 ギンフウは冷たく言い放つ。

 だが、その態度がまた、コクランを喜ばすので、なんとも始末が悪い。


 とりあえず、コクランは最初からいないモノとして、ギンフウは仕事を再開することにした。


 しばらく無視すれば、コクランの方が飽きて一階の酒場に戻るだろう。



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