3-27.ぼくがつけてあげるね

 女性陣がまたまたリオーネをめぐって騒ぎ始める。リオーネは大人の女性にもみくちゃにされ、具体的にはふくよかなふたりの胸に圧迫され、されるがままになっていた。


 ナニはそんなリオーネに冷たい一瞥をくれると、さっさと自分でタグにチェーンを通し、首にかけてしまった。


 エルトは手を伸ばしてチェーンを取ろうとするが、いかんせんリーチが短すぎて、チェーンまで届かない。


 と、横からすっとフィリアの手が伸びて、エルトのチェーンをとる。


「ぼくがつけてあげるね」

 エルトは小さく頷くと、手に持っていたドッグタグをぎこちない仕草でフィリアへと差し出す。


 チェーンとタグを手にしたフィリアは「座って」と指示をだす。エルトは迷うことなく、言われるがままに彼の膝の上にちょこんと座る。

 エルトは座り心地のよい定位置を探そうと少しもぞもぞしていたが、フィリアに後ろから腕をまわされて引き寄せられると、すぐにおとなしくなった。


 嬉しそうに、少しだけ恥ずかしそうにしながら、フィリアにドッグタグをつけてもらう。


 ペルナはその一部始終を食い入るような眼差しで見届けていた。


 長い前髪が邪魔をして表情はよくわからないが、小さなかわいらしい口元が、花開くようにほころぶのがみえた。

 前髪が邪魔でじれったい……のが、またたまらなかったりする。


(ううう。にゃに、この光景……)


 冷静な目で見れば、たんに先輩冒険者が後輩冒険者にドッグタグをつけている光景でしかないのだが、激務に疲れ果てていたペルナの目には、この光景はとても意味深いものとして映っていた。

 誰かが光魔法でも使っているのか、世界が無駄にキラキラと輝いて見える。


(み、み、見逃してにゃるものか!)


 瞬きする瞬間すら惜しい。

 呼吸するのもはばかれる。


 新たな至上の癒やしが、あのむさ苦しくて救いようのない帝都の冒険者ギルドに誕生したのだ。

 受付嬢たちが待ち望んでいた、奇跡の瞬間にペルナは立ち会っているのだ!


 なにやらどこからか祝福の鐘の音が聞こえ、天上から高貴な光が花吹雪のように、キラキラと舞い散っている。


 もちろん、それは幻聴であり、幻覚なのだが、このふたりを前にすると幻聴も幻覚も真のこととして存在している。


 それは……あまりにも、あまりにも、尊すぎてペルナは軽い目眩を覚えた。


 鼻の奥がじんわりと熱くなる。


 満足そうな笑みを浮かべながら、頭をなでなでしているフィリアと、安心しきった態度で、フィリアに身を任せている幼い冒険者。


 奇跡の光景!


 受付嬢たちが、渇望してやまない光景が、今、ここで繰り広げられていた。


 頭をなでなでから、髪を梳くような仕草にかわり、フィリアの手が髪以外の場所にも触れはじめる。それにあわせるかのように、膝上のエルトが甘えるように、フィリアにすりよっていく。


 ペルナの期待をくみとったのか、どんどんふたりの距離が詰まっていく。

 見たままの距離もそうであったが、見えない距離はそれ以上にぐいぐい近づいているよう……。


(にゃ、にゃんとぉ!)


 今まで見たこともないキラキラ眩しい光景に、ペルナの全身の毛が総毛立つ。

 しっぽが……自慢のしっぽが、ちぎれるのではないかと思われるくらい激しく左右に揺れ、止めることができない。


 どんなスイーツよりも甘いふたりだけの意味不明な空気にあてられ、思考が麻痺する。

 ここは何処なのか、どうして誰もなにも突っ込まないのか、なぜ誰も止めないのか……。

 いやいや、なにを自分は期待しているのか、とペルナの思考が目まぐるしくかわっていく。


 リオーネは巨乳のお姉さんふたりにもみくちゃにされ憮然というか、無の境地に達したようだし、ナニはブツブツと呟きながら自分のドッグタグを観察するので忙しそうだった。


 受付カウンターは、ちょっとした混沌状態になっていた。


「ゴホッ、ゴホッ!」


 フロルの咎めるような咳払いがペルナを現実に引き戻す。


「にゃ……! で、では、次は、依頼の受け方の説明をしますね」


 最終的に、見て見ぬ振りをするのが大人の対応……という意味不明な結論にいたり、勤続年数七年の受付嬢は淡々と己の役目を演じることに徹したのであった。




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