3-18.ようこそ冒険者ギルドへ

 ひと目見たときから、エルトは小柄な子どもだとは思っていたが、実際に抱え上げてみたら、予想以上に軽く、か弱い存在だった。


 文字通り羽根のような軽さで、ちょっと力をいれたら、折れてしまいそうなほど、儚く脆そうだ。


 と、同時に、フィリアは説明しがたい違和感にとらわれる。


 貧民街で暮らす子どもたちのような、栄養不足からくる衰弱しきった体型ではなく、小柄ではあるが骨格はそれなりにしっかりしている。

 髪や肌の艶もよい。

 ほのかに石鹸の香りもした。


 貧しくて栄養が足りていないというわけではなく、別の要因から、成長に抑止がかかっているようだ。


 このまま己の腕の中で大事に、大事に、抱きしめておきたい。守ってあげたい。いつまでも触れていたい。という、なんとも不思議な感情が、フィリアの内側から芽生えはじめていた。


(なんだ……?)


 さきほど目と目があったときもそうであったが、雷に打たれたような衝撃が全身を走りぬける。

 最初の衝撃が過ぎ去ると、身体の奥底から甘い疼きがじわじわと広がりはじめ、フィリアは驚きに息を飲み込んだ。


(これは……なんなんだ?)


 心がざわざわして落ち着かない。


 わかりそうでわからない、というもどかしさ。

 己の不可思議な感情の動きに、フィリアの表情と思考が固まり、動きがぎこちなくなる。


「…………?」


 ナニの探るような視線を感じ、フィリアは慌てて心の中に浮かんだ疑問と違和感を追い払う。


 平静さを装いながらエルトをかかえたまま木箱に座り、自分の膝の上にエルトをたたせた。


 膝の上から落ちないように、背後から腕を回し、さりげなくエルトを抱きしめる。


「ほら、エルト、受付のお姉さんの顔がよく見えるようになったね?」


 フィリアの問いかけに、エルトは頬を赤らめ小さくうなずいていた。


(…………ん?)


 ふんわりと甘い香りがフィリアの鼻孔をくすぐり、幸福感に背筋がぞわりと震えた。


(……なんだ、この感覚は……?)


 冒険者として生き抜いてきた本能とも呼べる部分が、フィリアに警告を発している。

 ドラゴンと対峙したときの緊張感にも似ているが……?

 強敵に感化され、体内の魔力が高ぶっているのがわかる。


「えっへん!」


 ペルナのかしこまった咳払いが、遠くにいきかけたフィリアの意識を現実へと呼び戻す。


「……ようこそ冒険者ギルドへ。これから冒険者登録をいたしますね!」


 ペルナの耳がぴょこんと立ち上がった。

 受付嬢の務めを果たすべく、猫語はしっかり封印する。


「申し遅れましたが今回、登録受付の担当をさせていただくペルナと申します」


 受付嬢の会釈に、子どもたちの背筋が垂直に伸びて、踏み台にしている木箱がカタカタと揺れた。


「登録の前に……」


 もったいぶるかのように、ペルナは再び「エヘン」と咳払いをする。


「冒険者のランクは七段階あります。ランクが低い方から、『見習い冒険者』『初級冒険者』『中級冒険者』『上級冒険者』『超級冒険者』『伝説級冒険者』『神話級冒険者』となります」


 ペルナの流れるような説明に、子どもたちはうんうんと頷いた。


「最初は『見習い冒険者』から始まります。ギルド指定の採取十回分、討伐十回分の依頼を成功させますと、『初級冒険者』にランクアップしま――す」


 まず、冒険者になった『特典』として、『見習い冒険者』には、『冒険者カード』が支給される。


 登録さえすれば無料で手に入る『冒険者カード』はステータス確認と身分証としては、かなり優秀な部類に入る。


 商人ギルドに登録すれば『商人カード』職人ギルドに登録すれば『職人ギルド』など、それぞれのギルドにあった身分証が発行されるが、地域限定のものが多い。


 『冒険者カード』には地域のしばりがなく、身分証として使用するなら、他領どころか、他国の出入りも可能である。


 しかし、普通の人間なら、わざわざ魔物が跋扈する外の世界に出て、旅をしたいとも思わないし、自分のステータスがどうだこうだと気にしないので、「そんなもの必要?」というのが『冒険者カード』に対する一般的な評価であった。


 そのためか、ちびっ子たちの反応はいまひとつである。


 いまひとつ、というか、冷たい。しょっぱい反応だった。


 ちびっ子たちにしてみれば「そんなくどくどとした説明はいらないから、さっさと登録しようぜ」という気分なのだろう。



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