3-16.立会人はその冒険者の庇護者になる

 もう、いっそのこと、ギルドに不利益しかもたらさないあいつとか、あいつとか、あいつとか……を『赤い鳥』がこれを機に抹殺してくれたらいいのに、とペルナは思ったくらいである。


 災いの芽は、芽吹く前に摘み取るにかぎる。


 ルースギルド長なら「好機到来」とか言って、嬉々として抹殺命令をだしそうだ。


 フィリアがギルドの現状を憂いて、そこまで見通して『立会人』に立候補したかはわからない……。

 たぶん、そんなことは考えないのがフィリアだ。


 だとしても、ペルナ個人はもちろんだが、ギルドの受付嬢的視点からも、『赤い鳥』がちびっ子たちの後見人になるのは大賛成。大歓迎だ。


「……立会人が必要ないなら、遠慮しないでそう言ってね? これは年長者のおせっかいだから」


 最後の判断は、子どもたちに委ねる。

 町娘なら軽く五、六人は失神させてしまいそうな、優し気な青年の視線に見守られる中、子どもたちは身を寄せ合ってコソコソと相談をはじめた。


 本人たちは声をひそめているつもりなのだが、相談内容は大人たちに筒抜けである。


「なあ、タチアイニンってなんだ?」

「上位の冒険者が、冒険者登録に同席すること」

「トーロクのケンガクがしたいってことか?」

「リオにぃはバカ。ただ見学するんじゃない。冒険者登録に立ち会った場合、立会人はその冒険者の庇護者になる」

「ヒゴシャってなんだよ? ぼくたちが弱そうだから護ってやるってやつ?」


 リオーネの発言に、ナニは軽く肩をすくめる。


「冒険者ギルドでの庇護者は、ちょっと違う。ギルド内でのトラブルに巻き込まれたときに相談にのってくれたり、ギルド内で不当な扱いをうけた場合に、手助けしてくれる後見者のような存在」

「ふーん……」

「初心者いじめをする冒険者にからまれた場合、庇護者がそいつらに報復しても、無条件で許される」

「へぇ……」


 ナニの説明を聞きながら、リオーネはチラチラと目線を動かし、にこやかな笑みを浮かべている魔法剣士を胡散臭そうな目で見る。


「庇護者がいれば、無用なトラブルが避けられる。庇護は、一般的には、初級冒険者終了まで受けられる」

「ナニはよく知ってるな――」

「リオにぃがなにも知らないだけ。エルトもそれくらいわかってる」

「ちぇっ。どうせ、ぼくはノーキンだよ。なんか、トラノイヲカルキツネみたいで面白くないけど、エルトはどうしたい?」


 ナニの追及から逃れるかのように、リオーネはエルトへと話をふる。


「うーーん」


 黒髪の少女はコテっと小首をかしげ、後ろを向くと、子ども目線のままのフィリアをじっとみつめる。


 エルトの前髪がサラリと揺れ、吸い込まれそうな黒い瞳が姿をみせる。


「…………!」

 そのあまりの美しい容貌に、フィリアは息を止め、目を大きく見開く。

 心臓がぎゅっと捕まれたような感覚と、全身に電撃のような痺れが走る。


(この子は……)


 後の言葉がつづかない。

 自分が、この子になにを感じたのかよくわからない。


 ただただ、ヒトの子には過ぎたる美しさに感嘆すると同時に、あまりにも儚すぎる存在にフィリアの胸は、焼けるような痛みを感じていた。


 この子と目があった瞬間、フィリアの中で世界が止まった。

 フィリアの中から全てのものが消え去り、そして、自分を見つめる子どもしか存在しなくなる。


 エルト濡れた黒い瞳がたまらなく愛おしくて、身体のなかで何かがうごめき始める。


 それは……恋い焦がれていた瞬間、欠けていたものをようやく見つけることができた安堵とでも表現したらよいのだろうか。


 カチリという音がどこかで聞こえ、止まっていた時間がゆっくりと動きだす。


 激しくなる鼓動を必死に鎮めようとしながら、フィリアはエルトを見つめる。


 長い前髪がエルトの表情と魅惑の黒い瞳を隠している。


 この子の前髪がもう少し短かったら、やばかったかもしれない、とフィリアは思った。


 と、同時に、自分と目を合わせた女性たちがぱたぱたと倒れてしまう理由とか、そのときの心情とかが、なんとなく理解できた。

 これからは視線の合わせ方に注意しようと、フィリアは己を戒める。




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