3-13.ぼくたちやっと十歳になったから

「すまない。オレが悪かった。許してくれ」


 ギルは少女に向かって、さらに深く頭を下げる。


「…………」

「ナニも謝るんだ」

「ナニねー、やりすぎ」


 両隣の少年と女の子にせっつかれ、フードの少女ナニは素直に頭をさげた。


「ゴメンナサイ……」


 杖を構え直したナニを見て、冒険者たちの表情が緊張にこわばる。とくに、ギルは「ひっ」と、小さな悲鳴を漏らし、本気で怯えていた。

 大きな男が、ずぶ濡れの子犬のようにぷるぷる小刻みに震えている様は、滑稽でもあり、哀れでもある。


 歌うような声が流れ、杖の先端にある魔法石がほんのりと輝きを放った。


「え…………」


 この場にいた大人たちは思わず息を飲み、お互いの顔を見合わせる。

 ギルの顎の赤みが、みるみるうちに消えていく。

 女の子は癒しの呪文を唱えたのである。


「治した……」

「……ああ、ありがとう」

「でも、ロリコンが、可愛い幼女の胸をさわった事実は消えない」

「…………」


 ナニのナイフよりも鋭い言葉に、思わずがっくりと肩を落とすギル。

 ペルナとフィリアの気の毒そうな目線が、さらにギルの心を抉り、傷口に塩を塗り込む。


「……いきなり邪魔して悪かったね。キミたちは冒険者登録にきたのかな?」


 仕切り直しとばかりに、フィリアが少年たちに声をかける。


 落ち込むギルの肩を叩きながら酒場に戻ってもよかったのだが、目をギラギラさせて子どもたちを見ているペルナを前に、フィリアは立ち去るきっかけを失ってしまった。なんとなく、このまま立ち去ると、子どもたちの身によくないことが起こるような気がしたのである。


 冒険者たちから『貧乏くじパーティーのリーダー』と呼ばれるのにふさわしい行動選択であった。


「そうだよ! ぼくたちやっと十歳になったからトーロクに来たんだ!」


 赤髪の少年が、眩しい笑顔を浮かべながら、元気よく答える。


 再び、大人たちは顔を見合わせ、そして、一番小さな女の子へと顔を向けた。


「……あなたも十歳なのかしら? 七歳、八歳にしか見えないんだけど……?」


 ペルナは念のため、心の中で思った年齢よりもひとつ、ふたつ高めに言ってみる。


「ちがう。ボクも十歳。大きくなった!」


 カウンターの天板に顎をのせ、ぷくっと頬を膨らませながらペルナを睨みつける。

 それだけでは気がすまなかったのか、ペシペシと小さな手で、抗議するようにカウンターを叩く。

 そのとき、前髪がゆれて、濡れた黒い瞳と、瞳の美しさに負けない整った女の子の顔立ちがみえた。

 女の子は少しばかり不機嫌そうだ。


 ペルナの心臓に、正体不明のなにかがぐさっと突き刺さる。 


(にゃゃゃゃ! はいっ! 美少女のボクっ娘いただきましたにゃ!)


 もう、この女の子が七歳でも八歳でもどうでもよかった。美少女が十歳といえば、十歳だ。

 かわいいは正しい。正義だ。


「だとしても、もう少し大きくなってから、冒険者をはじめてもいいんじゃないかしら?」


 ペルナは慎重に、慎重を重ねながら、言葉を続ける。


 冒険者ギルドをでていったきり、戻ってこなかった……という冒険者は意外と多い。


 若ければ経験が足りずに、年季の入ったベテランであれば、老化による能力の低下の見極めを誤って、生命を失うのだ。


「特に、帝都近辺は、『あの事件』があってから、魔物がどんどん凶暴化してるのよ? 地方に比べて危険なエリアなの。そこのお兄さんたちも、十二歳から冒険を始めたのよ。今は、十二歳でも早いくらい」

「……冒険者登録は十歳から受け付けている。冒険者規則で確認した。わたしたちが登録しても、なんら問題はない。力不足でなにかあったときは、それはわたしたちの責任。冒険者ギルドに責任はない」

「…………」


 フードの少女は淡々と言葉を発する。

 逆に、この落ち着きは、十歳以上のものだ。

 黒髪の女の子だけではない。

 フードを目深に被ったナニの顔も、さきほどちらりと見えたが、緑の瞳が綺麗な、人形のように可愛い顔の女の子だった。


 この容姿ならば、ふたりとも顔を隠したくもなるだろう。いや、身の安全を守るためにも、顔は隠しておくべきだ。


 しかし、このように主張されては、ギルド側は冒険者登録を拒否できない。



***********

お読みいただきありがとうございます。

フォローや励ましのコメント、お星様など、お気軽にいただけますと幸いです。

***********

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る