3-12.アソコはだめだ!

「イテっ!」


 と、突然、重戦士が頭を押さえる。


(にゃ、にゃんてこと! にゃんてことするにゃん!)


 ペルナは心の中で黄色くない方の悲鳴をあげる。


 なんと、フードを被った少女が、ギルの頭を杖で殴ったのである。

 ポカっという、なんとも軽そうないい音が聞こえた。


 フィリアの顔からすっと笑顔が消えた。

 柔らかかった目元が、剣先のように鋭く細くなる。


(ま、ま、まずいにゃん!)


 赤髪の少年の顔が固まり、黒髪の女の子の肩がびくりと震えた。

 和やかだった空気が一変し、一同の動きが緊張のために静止する。


「な、なにをするんだ?」


 咎めるギルの声は、場違いなほど穏やかだった。いきなり子どもを怒鳴りつけることはしない。


 硬直していた時間が動き出す。


 ペルナは止めていた息をそっと吐きだした。

 フィリアの表情も、元に戻っている。


 音の軽さからして、それほどダメージはなかったのだろう。

 怒るというよりは、少女の突然の行動の意味がわからず、ギルはとまどっているようだった。



「エッチ」

「は…………?」

「ロリコンが胸をさわった」

「ロ、ろ、いや、……む、む、ムネって、こんなガ……いや、子どものペタンコな……ぐえっ」


 今度は「バッキっ」という大きな音がして、杖がギルの顎にめりこむ。


(クリティカルヒットだ)


 その場にいた全員が同じことを思う。


 予想していなかった痛みに、ギルは巨体をくの字に折り曲げ、その場にうずくまってしまった。かすかだが、うめき声が聞こえた。


 痛みよりも、別のダメージが彼の心を砕いた瞬間である。



「だめだよ! ナニ! アソコはだめだ!」

「ナニねー、…めっ!」


 杖を振り上げ、さらに攻撃を加えようとする魔術師の少女を、両隣の子どもたちが慌てて制する。


(あ、アソコって、どこにゃ――っ!)


 笑顔を崩さず、ペルナは心の中でツッコミをいれる。

 アソコとは、たぶん、アソコのことだろう……。男性が大事にしているアソコしか思い浮かばない。


 フィリアもペルナと同じようなことを想像したのか、なんとも表現しがたい微妙な表情になっている。


 重戦士のギルはパーティーの盾役で、上級冒険者である。

 さらに詳しくいうならば、昇級試験の真っ最中だ。つまり、超級冒険者の一歩手前のベテラン上級冒険者だ。


 重戦士は防御に関するステータスは高く、痛みに対する耐性もある。

 むしろ、人よりも痛みに鈍い性質だからこそ盾役をやっていたし、経験を重ねることで、さらに痛みへの耐性を身に着けていた。……はずだった。


 子どもだと油断していたとはいえ、痛みに悶絶している姿をみるに、もし、あの『攻撃』が『アソコ』とやらにヒットすることを考えると、女性であるペルナでさえも、色々な観点から、ちょっとした恐怖を感じてしまう。


 普通の冒険者なら、ここで確実に乱闘騒ぎに突入する。

 しかし、相手がアノ『赤い鳥』のメンバーだったのが幸いした。


「……ゴメン。うちの重戦士が、失礼なことをしてしまったね。レディに配慮がたりなかったよ。許してもらえるかな?」


 フィリアはゆっくりとした動作で膝を折り、子どもたちの目の高さに己の視線を合わせた。


 神妙な表情で子どもたちに向かい合う。

 相手は子どもだけど、ひとりの人として尊重する大人の対応だった。


 ギルも赤くなった顎をさすりながら、同じように腰を落として頭を垂れた。


 さすがはギルド長の愛弟子たちである。『幼い子どもを相手に乱闘騒ぎ』は彼らの選択肢にはない。



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