3-11.ちょっとまって

(まずいにゃ。まずいにゃ!)


 顔は余裕をかもしだす微笑みの形を保ちながら、頭のなかはフル稼働で考える。


(久々の登録業務にゃのに……なんてことにゃん!)


 子どもたちを前に心躍るが、子どもたちが冒険者になることは、断固として阻止しなければならない。


(この子たちを、毒牙からまもらにゃいといけないにゃん!)


 と、脳内会議の末、ペルナは苦渋の判断をする。


(間違いにゃく、お帰りをお願いする案件だにゃん!)


 ペルナの顔が悲壮な決意で歪む。とても残念だけど、子どもたちを護るためには仕方がない。

 我欲を断ち切り、子どもたちのために英断を下した自分を褒めてほしい。

 

(とはいえ、どうしたらいいにゃ?)


 ペルナはカウンターの向こう側で行儀よく並んでいる子どもたちを眺める。

 この……冒険者になりたくてたまらない若干一名を含む子たちを、どう説得したらよいのか。

 どのような言葉で、冒険者登録をあきらめさせようか思い悩む。


 同僚が休んでいなければ、数と大人の勢いで押し切ることもできただろうが、受付嬢になってから初めてのケースに、ペルナは困惑してしまう。


「あ、あのっ! 冒険者登録が……したいんですっ」


 ペルナの反応がないのにしびれを切らした赤髪の少年が、ぴょんぴょん飛び跳ねながら存在をアピールしはじめる。


「え。ええっと……」


 助け舟を求めて視線を彷徨わせるが、同僚はいない。

 風邪をひいたり、親戚の結婚式に参加していたり、実家に戻っていたり、階段から落ちたりしている。


 困り果てたペルナの耳に、新しい声が聞こえた。

 

「……ちょっとまって。そのままじゃあ、話しづらいよね。キミたちはこれを使うといいよ」


 爽やかな笑いを含んだ声に、黄色い悲鳴が喉元まででかかるが、口を閉じて飲み込む


(きゅ、救世主! いや、神様のご降臨にゃああああっっ!)


 狂喜乱舞したいのを必死に堪え、ペルナは声の主をキラキラした目で見つめる。


 子どもたちもその声に反応し、後ろを向いていた。

 後ろ姿も文句なしにかわいい。とペルナは子どもたちと救世主を交互に見比べる。


 ペルナの視線の先には、木箱を抱えたフィリアと彼の幼馴染のギルがいた。


 ふたりはゆっくりと受付カウンターの方へ近づいてくる。


 足音はない。

 重戦士ギルはごっつい鎧を着込んでいるのだが、金属がガチャガチャぶつかり合うような、下品な音はたてない。さすが、昇格目前の上級冒険者である。


 流れるようなよどみのない動作でフィリアはひとつ、ギルはふたつ、大きめの木箱をカウンターの前に並べる。

 ふたりの息はぴったりだ。


「これはね、小人族が受付で使う踏み台だよ。こうすると、話しやすいだろ?」


 フィリアはにこやかに、爽やかな笑顔を保ちながら、赤髪の少年を軽々と抱き上げ、木箱の上にのせた。少年の顔がぐっとペルナの方に近くなる。


 フードを被った女の子、黒髪の少女は、ギルの手で箱の上の人となった。


「う――ん。これでも、まだ足りなかったか……」


 フィリアが顎に手をやりながら、ひとりごちる。


 視線の先は、子どものひとりに向いている。


 黒髪の女の子には、木箱の高さが少し足りなかったようだ。ほかのふたりとちがって、カウンターの上に額ががちょこっとでているだけだった。

 背伸びをしている女の子の頬がみるみる赤くなっていく。


 ペルナの方からはカウンターが邪魔をして見ることができないが、懸命につま先立ちして、足をプルプル震わせている光景が見えたような気がした。


 なんだか、ほっこりとする光景である。

 頬が緩み、口元がにやつくのを止めることができない。



***********

お読みいただきありがとうございます。

フォローや励ましのコメント、お星様など、お気軽にいただけますと幸いです。

***********

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る