2-13.おべんとう?
『酒場』になんとなく気まずくて重苦しい空気が漂う。
「……あ――。そうそう。お弁当を用意したんです」
バーテンダーのリョクランが仕切り直しとばかりに、手をパンパンと軽く叩く。
一同の視線が声の主、存在感の薄いバーテンダーを探して酒場内部をたよりなく彷徨う。
きらびやかで妖艶なエルフと並び立つと、バーテンダーのリョクランは存在そのものが薄くなる傾向にあった。
そもそも、純血のエルフよりも目立つ存在はそうそういない。
ギンフウくらいだろう。
リョクラン自身もその事実を素直に受け入れている。
というよりも、綺羅びやかな気配をまとう妖艶なコクランと違って、リョクランは目立つことを極端に嫌っていた。
常に影のように気配を隠し、コクランを隠れ蓑にひっそりと行動するのを好んでいる。
自分から話題の中心になろうとするなど、珍しいことであった。
「おべんとう?」
ハヤテがバーテンダーのリョクランを見上げる。
「ピクニックにでかけるんじゃあるまいし」
と口よりも雄弁な目が語っていたが、リョクランは気にする風もなく、いそいそとカウンターの奥へと戻っていく。
「色々とありすぎて、うっかり忘れてしまうところでした」
リョクランがカウンターテーブルの上に蓋付きのバスケットを置く。
祖父は名の知れた魔族だというが、リョクランの場合は幸か不幸か、人の血の方が濃くでてしまったようだ。
孫の彼には、魔族特有の威圧も威厳も、凶暴さの欠片もない。
圧倒的な力と自信に満ちたギンフウ、妖艶な魔性の女という雰囲気に溢れるコクラン、騒々しい獣人リュウフウと違い、リョクランは、長身の折り目正しい男性という以外に特徴という特徴もない。
よく磨かれたカウンターの上にぽつんと置かれたバスケットは、大人が持つには少し小さいが、子どもが使うには、少し大きめのサイズといったところだろう。
ピクニックなどに行くときに、軽食などを詰めてでかけるカバンだ。
子どもたちはわらわらとカウンターに集まり、籐製のバスケットを興味津々といった表情で眺めている。
籐製の蓋付きバスケットはまだ新しく、この日のために用意されたのだと誰もが思った。
「リョクラン、後で領収書をちゃんと提出するのよ」
「いえ。臨時収入がありましたので、これは、わたしのポケットマネーで用意しました。コクランはお気になさらずに」
「ちょい、リョクラン……これ、何処で、幾らで購入したの? 言ってくれたら、アタシが格安で作ってあげたのに!」
「子ども用の装備づくりに夢中になっている貴女に発注してたら、納期に間に合わないでしょうが……」
リョクランは落ち着き払った態度で、リュウフウの抗議を軽くいなす。
今日の子どもたちの装備を見て、自分の判断は間違っていなかったとリョクランは確信していた。
「このバスケットですが、保存と保持の機能がある魔道具です。一週間、作りたての状態で、食べ物が保存できるそうです。収納ボックスにも収納可能ですので、荷物にはなりません。忘れずにもっていってくださいね」
リョクランは柔らかい声で子どもたちに語って聞かせる。
「アタシが作ったら、もっと容量が大きくて、保存期間は一ヶ月にできるよ! なんなら、一年保存可能なやつを作ってやれるよ! リョクランは、粗悪品を買わされているんだ!」
リュウフウが会話に割って入る。
赤いフサフサ尻尾の毛が、怒りで軽く逆立っていた。
「ご心配なく。別に、粗悪品でも不良品でもありませんよ。信頼の置ける工房で購入しました」
「アタシの工房以上の工房が、この世にあるはずないじゃん!」
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