2-12.どっちを信じる?

「それじゃあ……はじめるぞ? 用意はいいな?」

「うん。だいじょうぶだよ」

「いや、よくないわよ! ふたりとも、ココではやめなさぁ……」


 コクランが止めるも間に合わず、ギンフウの中から魔力の気配がぞわりと立ち上がった。


 ギンフウのひとつしかない黄金色の瞳が爛々と輝き、周囲の空気の色が変化する。


 その質量に圧倒され、魔力補充を行っている本人たち以外は、立っていることができずに、ひとり、ふたりと、呻きながら床に膝をついていく。


「さいあく……」

「おい、カフウ! しっかりしろ!」


 へなへなと崩れ落ちるカフウをハヤテが慌てて支えようとするが、自分も一緒になって床の上に尻餅をつく。


「うううぅ。き、気持ち悪い……。徹夜明けに、ボスのこの魔力はキッツ――」


 という言葉を残して、パタリとリュウフウが力尽きて床の上に倒れ込む。


「ちょっ、リュウフウが気絶しちゃったじゃない!」


 やりすぎよっ! とコクランが叫ぶが、巨大すぎる魔力にあてられて魔力酔いを起こしてしまっている部下たちの姿は、ギンフウの目に入らない。


 ただひたすら、己の体内をめぐる魔力を高め、練り込み、圧縮させることだけを考える。


 魔力がよい具合になった頃を見計らって、ギンフウはセイランの細い首筋へと唇を押し当てる。


 セイランの身体がびくりと、一度、大きく震えたあと、少年の形の良い口から甘い吐息が漏れた。


 ギンフウの魔力がセイランの体内へと流れ込み、冷たかった少年の体温がじんわりと暖かくなっていく。


「ああ……あんっ」


 セイランの弱々しかった鼓動が、徐々に強さを取り戻していくのを感じる。

 消えそうだった魔力の流れに力が戻り、ギンフウの魔力に呼応するかのように、セイランの魔力も高まっていく。


 魔力相性が悪い者同士が、これをやると反発しあうだけで、最悪の場合はお互いを傷つけ合うことになる。

 だが、魔力の相性がよければよいほど、互いの魔力が高まり、その心地よさに互いが酔いしれる。


 ギンフウは己の魔力をセイランに分け与えながら、自身もまたその快感に身を委ねようとするが、なにやら外野が騒がしい。


「うるさいぞ、おまえたち」


 くったりとしているセイランを抱き直しながら、ギンフウは冷ややかな目で床の上にへたりこんでいる部下たちを見下ろす。


「う、うるさくもするわよ!」


 妖艶なエルフは怒りでぶるぶると身を震わせながら、隻眼の美丈夫を睨みつける。


 立ち上がろうとするのだが、全身が怠く、身体に力が入らない。

 それでも無理して立てば、足ががくがく震えてひっくり返りそうになる。


「あたしたちまで足腰立たなくさせてどうするつもりなのよっ! リュウフウなんか、見事にぶっ倒れちゃったじゃない! 加減と被害を考えなさいな!」


 コクランは声をあらげ、煙管の先端を床の上で伸びてしまっているリュウフウへと向ける。


 徹夜明けの赤狐族の獣人は、リョクランの介抱で意識を取り戻しているところであった。


「……リュウフウ、規則正しい生活をしろ」

「ハイ、ボス。申し訳ございません」


 リュウフウは力なくうなだれる。

 赤い耳がペタンと垂れ下がっており、さっきまでのハイテンションが嘘のようだった。


「いくら相性がいいからって、一気にその量をやっちゃうと、さすがのセイランも倒れ……」


 そこまで言いかけて、コクランはいったん口を閉じる。


「……もしかして、キャパ超えの魔力交換でセイランを気絶させ、このまま引き留めようとしたんじゃないの?」


 コクランのセリフにギンフウはそっと目を逸らす。


「大人気ないですね……」

「ひっで――。子どもの純情を踏みにじっている大人だ!」

「最低な父親」

「ぼ、ボスはそんな卑劣なことはしないっすよ!」


 口々に叫びだす部下たちを、ギンフウは黙ってやりすごす。


「とうさん……?」


 前髪の隙間から、濡れた黒い双眸がじっとギンフウへと注がれている。


「あいつらの言うことと、オレのこと。セイランはどっちを信じる?」

「もちろん、とうさんのコト」


 即答だった。

 ギンフウの勝ち誇ったような笑みが、なんとも禍々しくてどす黒い。


「…………」


(まあ、本人たちが満足しているんだから、外野がとやかく言うものではないかしらね……)


 無邪気な幼子の返答と、ギンフウの勝ち誇ったような視線に、コクランは力なく項垂れた。



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