2-11.心配は杞憂

「ギンフウ、大丈夫だ! おれがセイランとカフウをしっかり守るから!」


 ハヤテが明るい声で宣言する。


「セイランはハヤテにぃよりも強い。心配は杞憂」


 カフウが淡々と事実を述べる。


「ギンフウはセイランのことになると、目が曇る。それはよくない傾向。組織のトップとしては致命的」


 遠慮のないカフウの追い打ちに、ギンフウの口がへの字になる。


「……わかった。おまえたちを信じよう」

「やったな! セイラン! 一緒に行けるぞ」

「セイラン、希望がかなってよかった」


 ハヤテとカフウが顔を見合わせ、嬉しそうに笑いあう。


「ありがとう。とうさん!」

「気をつけるんだぞ……」

「うん! とうさん、だいすき!」


 養父から許可がでたことに対して、よほど嬉しかったのか、セイランがさらに強く、ギンフウへと抱きついてくる。


 ギンフウが喜んだのは言うまでもない。


 金髪の美丈夫は極上の笑みを浮かべ、黒髪の少年に頬ずりする。


「ギンフウ……今生の別れでもないのに。ちょっと冒険者ギルドに行って、ちょろっと、帝都の外をうろつくだけでしょ……」


 うちのボスも困ったものよね……。とコクランは呆れ顔で肩をすくめる。


「うううう……ダメ。鼻血がでそう……」


 鼻を両手で包み込んだまま、リュウフウが呟く。だが、目はしっかりとギンフウに固定されている。


 興奮しすぎたのか、セイランの魔力がいきなり大きく膨らみ、魔力が周囲にあふれだす。


「あら。イヤだわ……」

 

 コクランの眉根が寄る。

 カウンターに並べられているグラスがカタカタと音をたてて揺れ、机の上に載せられた椅子がガタガタと音をたてはじめる。


「わわわ……」


 今までカウンターの陰に隠れていたリョクランが慌てて立ち上がり、グラスや酒瓶を並べている棚へと素早く駆け寄る。


 椅子が落ちるのはまだいい。


 だが、グラスは困る。


 中身が入った酒瓶は死守だ。


 リョクランは棚に向かって防御系の魔法を素早くかける。

 

「コラ。セイラン、落ち着け。魔力が暴走しかけているぞ」

「う……うん」

「慌てるな。ゆっくりでいい。無理に抑え込もうとするんじゃないぞ」


 魔力暴走が起こりそうになるたびに、ギンフウは同じ言葉を呪文のようにセイランに繰り返し囁く。


 セイランは何度か大きく深呼吸を繰り返しながら、身体を丸めてギンフウの左胸に耳をあてる。


 ドクドクという、力強いギンフウの鼓動とよく知っている魔力の流れを感じ、それに自分の呼吸と波長を合わせようと集中する。


 背中をトントンと、鼓動と同じ一定のリズムで叩かれているのがわかる。


 セイランは目を閉じ、ギンフウの魔力の流れに自分の魔力をゆっくりと重ねていった。


「うん。上手いぞ……」


 遠くで聞こえるギンフウの声が心地よい。


 セイランは相性の良い魔力保持者の魔力にどっぷりと浸かって、意識を相手に委ねる。身体が溶けてしまいそうなほど気持ちがよかった。


 少年の緊張でこわばった口元が緩んだ頃、ずっと続いていた部屋の振動がおさまる。


 グラスと酒瓶を守りきったリョクランは、ほっと胸を撫で下ろした。


「おや? ずいぶん魔力が少ないな。でかける前に少し補充するか……?」


 ギンフウの問いかけに、セイランはコクリと頷く。


「え? ちょ、ちょっと、ギンフウ待ちなさい! ココでそれをやっちゃうのは、お願いだからやめて……」


 というコクランの制止は、ギンフウにあっさりと無視される。


 セイランは首に回している腕に力をこめ、できるだけギンフウに密着する。

 ギンフウも両腕に力を込め、セイランを抱き寄せ、少年の細い首筋に顔を埋める。


 首筋にギンフウの息がかかり、くすぐったそうにセイランが身を捩るが、ギンフウの大きな手のひらが幼い少年を動きを止める。



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