2-14.そろそろ時間だな
赤狐族の獣人は牙をむきだし、バンバンと思いっきりカウンターを叩いて抗議するが、リョクランは平然とそれを受け流す。
「困りましたね。ただ機能がベラボーに高ければ、それでよいという単純思考は困ります……」
「リョクラン! それどういう意味よ!」
「いいですか? 目の前に大変残念な大人の見本がありますが、貴方たちは、あのような、視野の狭い大人にはならないでください。迷惑です。本当に、困りますから」
存在感は薄いが、言うことはなかなかに辛辣である。
リョクランの話を素直に頷きながら聞いている子どもたちを見て、さらにリュウフウの尻尾が逆立つ。
「ちょっと! リョクラン! 誰が、残念な見本なのよッ!」
「貴方たちは、お昼ごはんをちゃんと食べてくださいね。外の世界が珍しくて、夢中になってお昼ごはんを食べ忘れた……なんてことにはならないように。おやつもたくさんいれていますからね。ちゃんと食べないと、大きくて立派な大人にはなれませんよ?」
子どもたちを送り出す世話好きな母親のようなセリフに、コクランはひとり呆れ返る。
「……わかった。ありがとう」
「リョクランのおやつは絶品。美味しくいただく」
「がんばって食べて、ボク、みんなみたいに大きくなる」
ハヤテ、カフウ、セイランの順番で頷く。
子どもたちの中で最年長になるハヤテがリョクランからバスケットを受け取り、自分の収納ボックスにしまった。
「そろそろ時間だな」
ギンフウは腕を組み、改めて三人の子どもたちを眺めた。
先程までのセイランを相手にしていた甘さが一切なくなり、冷徹な表情になる。
子どもたちは命じられる前に整列し直すと、背筋をピシッと伸ばし、ギンフウから発せられる次の言葉を待つ。
コクラン、リョクランからも柔らかな表情が抜け落ち、リュウフウは静かに子どもたちから離れる。
ギンフウのたったひとことで、酒場の空気がピンと張り詰める。
組織の頂点に立つ者……五年前までは帝国の十三番目の騎士団を率いていた男の凛とした気配に、大人たちは緊張すると同時に、当時のことを思い出す。
「……以前に説明したとおりだ。変更はない。再確認だ。今回のミッションは、冒険者ギルドで冒険者登録をして、冒険者としての身分を新たに獲得してくること、だ。それだけだ」
三人は真剣な表情で、目の前にそびえたつギンフウを見上げる。
「三人だけでのミッションは、初めてだからな。あまり難しい設定はしていない。兄弟で通したらいい。冒険者ギルドには、ハヤテはリオーネ。カフウはナニ。セイランはエルトと名乗るように。エルトは女の子な」
再度、ギンフウから強く念を押されて、セイランは頬をふくらませながらしぶしぶ頷く。
「セイラン」
反抗的な態度を咎める重々しいギンフウの声に、セイランは反射的に身をすくめる。
「わかりました」
少女の格好をした少年の二度目の返事に、ギンフウは満足気に首肯する。
「つい最近、閉鎖になった孤児院がある。おまえらはそこで暮らしていたということにした。この前、我々が潰した施設だ。すでに偽装の手配は終わっている。設定は、頭に入っているな?」
「入っています!」
と、ちびっ子三人の声が揃う。
「……孤児院でのことを聞かれたら、暗い顔をして『あんな場所思い出したくない』って言って適当に誤魔化せ。それで大抵はいける。誤魔化せる。ただ、聞かれもしないのに、自分からベラベラしゃべるのはなしだ」
「わかりました!」
聞き分けのいい元気な子どもたちの返事に、コクランは目を細める。
子どもたちが反応のよい返事をするときは、あまりアテにはできないのだが、ギンフウのものすごく真面目な顔を見ていると、このまま成り行きを見守るのも、とても面白そうだ。
とコクランは思った。
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