1-5.なにか……起こるのか?
雇い主が言ったとおり、フィリアは遠くにいる魔物の気配を感じ取ったり、奇襲や不意打ちを事前に察知することができた。
天候の変化にも敏感だ。
フィリアは孤児院にいた頃から他の子らとはどこかまとっている雰囲気が違っていたが、冒険者になり、生命のやりとりをする極限状態に身を置くようになって、さらに感覚が研ぎ澄まされたようだ。
帝都に戻ったら、しかるべき魔法の師を探して師事すれば、感覚はもっと鋭くなり、魔法も自在に使えるようになって、よき魔法剣士になれるだろう……と彼らの雇い主は言っていた。
フィリア自身は師匠をみつけて修行するという話に、あまり乗り気ではないようだが、ギルは雇い主の話を全面的に信じた。
なぜなら、ギルはフィリアのその『感覚』のおかげて、何度も命拾いをしてきたからだ。
フィリアがすごいのは、フィリアの一番側にいるギルが一番よく理解している。
だから、フィリアが「風が、臭うんだ」というのなら、本当に風に臭いがあって、その悪臭にフィリアは辟易しているのだろう。
ギルには全くわからなかったが、『感覚が鋭い者』にしか感じられない『なにか不吉なこと』をフィリアは感じ取っているのだ、とギルは思う。
それに、フィリアの苦悶に満ちた表情を見ていると、その臭いは相当ひどいものなのだろう、とギルは沈黙の中で考え、不吉な予感に身震いする。
「こんなのは、はじめてだよ」
「なにか……起こるのか?」
魔獣の群れがこの村の近辺にいるのだろうか……。
冒険者としてはまだ経験も浅いギルにはそれくらいしか思いつかなかった。
「わからない」
フィリアは首を左右に振る。
「魔獣とか、盗賊とか……そんなんじゃない。そんなものじゃないんだ……」
息苦しさを振り払うかのように、フィリアはぶるりと大きく身を震わせる。
こうしてギルと話していても、胸が重石をつけられたかのように重くなり、首筋がチリチリと焼けつくように痛んだ。
「風か……」
ギルの呟きとともに、夜風がふたりを撫でていく。
フィリアの顔が嫌悪に歪み、身を硬くする様をギルは横で眺める。
全身の産毛が逆立つような、耐え難い臭いをはらんだ生ぬるい風。
大地の息吹を運ぶ恵みの春風とは違う禍々しい濁った風。
フィリアは救いを求めるかのように、薄汚れた剣を抱きしめていた。
ギルが少し身体を動かし、フィリアの方へとにじりよる。
屋根の上に登ってしまったフィリアに対してできることはあまり多くない。
こうして静かにフィリアの側に寄り添い、フィリアがなにかを語れば、それに耳を傾け、話の続きをうながす。
フィリアが考えていること、話すことは、ギルには難しすぎたが、同じ時間を同じ場所で過ごせば、フィリアも少しは元気を取り戻すことができるだろう。
ギルが身じろいた拍子に、ふたりの肩と肩が軽く触れ合う。フィリアは目を閉じ、ギルの肩へともたれかかった。そのままギルの肩に己の額をこすりつける。
フィリアに比べるとギルは体格もよかったが、ふたりとも同世代の男子と比較すると、あきらかに痩せていた。
医者に診てもらったことはなかったが、医者が彼らを診察すれば、発育不全と診断するだろう。
川で水浴びをしたフィリアたちを見た依頼人は、少年たちの骨がうきでている姿を、驚愕とも悲しみともとれるような表情で眺めていた。
依頼人はなんとかして、このガリガリな冒険者たちに食事をたくさん与えようと努力したのだが、旅先では食事も携帯食に頼りがちになってしまう。
訪問する先々の村や街の食糧事情にも左右され、携帯食よりも貧素な食事がだされることも多い。
しかも、赤子の頃から少しの食事しかとってこなかったふたりの胃は小さく、たくさんの食べ物を受けつけることができなかった。
依頼人の好意によって、食事内容は改善され、飢えに悩まされることはなくなったのだが、幼少期の影響で、食べてもふたりの身体はガリガリなままだった。
ただ、背丈は順調に伸びているので、そちらの成長が落ち着くまでは、痩せたままなのかもしれない。
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