1-4.風が臭うんだ
ギルは年齢の割には背が高く、同じものを同じ量だけ食べてきたはずなのに、フィリアよりもはるかに体格がよかった。
小さなころはお互い同じくらいの背丈だったのに、今ではギルに見下ろされるようになってしまったのが、フィリアには少しばかり気に入らない。
長身と落ち着いた態度から、ギルは実際の年齢よりも年上に見られることが多かった。
産まれた日などせいぜい数日しか違わないだろうに、いつからかギルは見上げる存在になり、兄貴ヅラをされ、弟扱いされているのがフィリアには不満で、納得できない。
だが、そういうことにこだわること自体が、自分が幼い者のように思えて、フィリアは面白くないというか、ますます自己嫌悪に陥ってしまう。
なによりも、今回もまたギルが自分を探しに来てくれたことを嬉しく感じ、甘えてしまうのだから、弟あつかいされても文句は言えないだろう。
ふたりの間でこのような関係が続いているのは、フィリアの側にも問題があるといえた。
ふたりは屋根の上で仲良く身を寄せ合うと、空を見上げ、それから地上へと視線を落とした。
「なんだか……眠れなくて……ね」
しばらくの沈黙の後、観念したかのようにフィリアがゆっくりと口を開く。
「うん。眠れないな……。今日はとくに眠れない。おまけに……嫌な空だ」
ギルもまたなにかを感じ取っていたようである。イライラした様子で、自分の髪の毛をガリガリと乱暴に掻きむしる。
手入れが面倒だといって、ギルの赤みを帯びた硬い金髪は、短く刈り揃えられている。彼の髪もパサパサで艶がない。
孤児院で育ったフィリアたちは、その日の食事にも苦労していた。栄養が足りていない状態で、幼少期を過ごした。
食べるものもろくにないのに、髪の手入れをする余裕などあるはずもない。
冒険者になって二年。
今の仕事では食事にありつけていたが、幼少期の食生活の影響を払拭するにはまだ日数がかかりそうであった。
髪の手入れに関する認識も、孤児院時代の感覚をふたりはまだひきずっていた。
なので、ふたりの髪は痛み、パサパサなのだが、特にギルはひどかった。
髪が少し伸びてきたら、短剣を使ってギルが自分の手ですぐに切ろうとするのだ。
ギルがやってしまうと、結果とんでもない髪型になってしまうので、フィリアがかわりにギルの髪を切り揃えるようにしている。
髪が耳の辺りを隠し始めたので、そろそろ注意しておかないと、またギルが勝手に自分の髪をザクザクに刈り取ってしまうだろう。
ぼんやりとギルの髪型のことを考えていると、また生暖かい風がフィリアの髪を揺らした。
「風が……」
「風?」
フィリアの独白に、ギルは目を凝らして、風に意識を向ける。
「風が……風が臭うんだ」
「風が? 臭う?」
ギルは上半身を伸ばすと、動物がするように、くんくんと鼻を鳴らしながら、けんめいに周囲の臭いを嗅ぎ取ろうとする。
風の臭いはわからなかった。隣にいる幼馴染みの柔らかい日向のような匂いがするだけだ。
「風が吹くたびに……魔獣がまとっているような臭い? 腐臭のようなもの? がどんどん濃くなっているような気がするんだ。空気が濁っていて、息をするのも苦しいんだ……」
フィリアの独白めいた説明を、ギルは黙って聞いている。ギルは「なにをばかなことを」と笑い飛ばすことも、「気のせいだろ」と否定することもしない。
少年たちの雇い主が言っていた。
魔法の才に恵まれたもの、魔力を潤沢に持って産まれたものなどは、感覚が鋭くなるという。
鋭敏になるのは己の五感や魔力の流れだけでなく、魔の気配、神聖な存在、妖精や精霊の存在など、普通のヒトにはわからないものまでもわかるようになるらしい。
フィリアには両方の資質があるらしく、感覚もとても鋭いらしいのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます