1-3.三日だけであっても

 フィリアが辛いとき、悲しいとき、苦しいとき……ギルはいつもフィリアの側に寄り添い、余計なことは言わずに静かに支えてくれる。


「どこか、具合が悪かったりするのか? 辛いことがあるのか?」

「ぼくが? どうして、ギルはそう思ったの?」

「このところ、顔色が悪い。すごく悪い。だんだん悪くなってる。それに、食欲も減っている。夜も眠れていないんだろ?」

「……よくぼくのことを見てるね。それによくしゃべる」


 フィリアはため息をつく。感心するというか、呆れ返ってしまった。


「だって、オレはフィリアの『お兄ちゃん』だからな」

「三日だけだろ?」

「三日だけであっても、お兄ちゃんはお兄ちゃんだ。おとうとのことはしっかり見ていないといけないって院長さまも言ってた」

「…………」

「屋根の上にいるときのフィリアは、絶対にひとりにはできない」

「……なんだよそれ……」


 フィリアは頬を膨らませ、ギルの視線からついと顔を逸らす。


 いつからかは忘れてしまったが、どうしようもなく辛いことがあると、フィリアは孤児院の屋根に上り、そこから空を眺めて時間をつぶすことが習慣となっていた。


 嫌な出来事があったり、フィリアの姿が急に見えなくなった場合、たいてい孤児院の赤い屋根の上にフィリアはいた。


 屋根に上るきっかけとなったできごとは覚えていないが、広くて大きな空の下にいると、自分がちっぽけな存在に思えてきて、さらに、自分を苦しませ悩ませることが、とても小さなコトであると気づくことができる。


 だからフィリアは、屋根に登って空を仰ぎ見る。


 姿が見えなくなったフィリアを捜してギルも屋根に登り、ふたりでしばし語り合ってから部屋に戻るということが、幼い頃より幾度となく繰り返された。


 なので、屋根に上るのは、魔物退治よりも慣れている。


 ふたりは十四年前、産まれて数日くらいの状態で、孤児院の門前に捨てられていたという。


 ギルの方がフィリアよりも三日だけ早く孤児院に捨てられていたと、親代わりの院長さまに教えられた。


 当時の記録を見てみると、ふたりともボロ布にくるまれた状態で、身元がわかるようなものは、なにも身につけていなかったと記されていた。


 同年で出自も不明。


 同じ時期に捨てられ、捨てられていた場所も同じ。


 当然のことながら両親の名も判らない。


 両親に名前も与えてもらえないまま、産まれてすぐに捨てられた身寄りのない子ども。


 似たような境遇だったこともあり、幼い頃よりふたりは互いに離れがたい強い絆のようなものを感じ、本物の兄弟のように仲良く育った。


 常に一緒に行動し、支え合って生きてきた。


 わずか三日ではあるが、ギルの方が早く孤児院に拾われたということで、ギルは自分の方が年上で、兄貴分であると思っているようだった。


 周囲もふたりをそのように扱っていたので、仕方がないことといえなくもない。


 ふたりの密な関係は、孤児院をでて冒険者になってからも変わらない。


 ギルは常にフィリアを気遣い、なにかと世話を焼きたがった。


 世話好きな性格とはまた違う。


 孤児院にいた頃、ギルは年下の子どもの面倒をみたりしていたが、それはフィリアが年少者の世話を積極的にしたがるので、それを手伝っていただけだ。

 フィリアがいなければ、ギルはそれほど年下の子どもたちとはかかわらなかっただろう。


 ギルの中では、フィリアを中心に世界がまわっている、といってもいい。


 ギルの世話好き、過干渉はフィリアに対してのみ発動されるのだ。


 幼い頃はそれが自然なこととして受け入れていたフィリアだったが、冒険者になって孤児院の外にでるようになってはじめて、ギルの自分にたいする扱いは、少しばかり度が過ぎる……過保護なのではないかと思いはじめていた。

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