アイリ・アスラピスクス

 帰宅。

 ボクたちは『転移』で村に、リンゴちゃんはボクの筆頭眷属として『蜘蛛』の城に。


「一人にして欲しい」

 帰るなり、ボクは教会ではなく森の中の自宅に戻った。


「…………」

 魔王になってしまった。

 救いは二つ。ボクがリンゴちゃんに勝ったから自動的に襲名したってことと、ほかに六人もいること。


 恐怖の的。討伐対象。刃と敵意を向けられて然るべき存在。


「泣いて喚いて解決するならそうするんだけどな」

 体には馴染むベッドに飛び込み、少し埃っぽくなった上質な毛布にくるまる。

 相談するにも、こっちの世界で信頼できる人はほとんど同行していて、『蜘蛛』の魔王アイリの成り立ちに立ち会っている。


「…………」

 体を起こし、『蜘蛛』の権能で糸を生み出してみる。色や材質まで自由自在だ。例えば毛羽立ちのひどい糸に毒を染み込ませるような使い方もできるだろう。鳴子も作れるし、色んな罠や……それこそ、張り巡らせた糸々を超振動させて切断するトラップにすることもできるだろう。


 わけがわからないのは、これ。なんか糸から生地を作れる。リンゴちゃんのときのように、マスク一つ作るにも相当な量の糸を織らなければならなかったのだが、この通り。『蜘蛛』関係ないよねこれ。めっちゃ嬉しいからいいんだけどさ。好きな糸から欲しい生地がパッと出てくる。なにこれ。とりあえず撚ってみよう。


『キミ本来の術式だよ、ボク』

「え、誰」

『私はアイリ・アスラピスクス。はじめまして、アイリ』

「……なるほど」

 言うなれば、こっちで元々生きていたアイリの意識だ。


「はじめまして、ボク。お邪魔してます」

 肉体は同じだから、いないってことはなかったか。

「なんで急に? 寂しかったから助かったけど」

『急にキミが死のうとしてたからね』

「そういう機微とかわかるんだ」

『わかるし、その立派な縄はマジのやつだよね』

「おっとぉ……」

 女性一人くらいなら余裕で吊れそうなのが手に握られていた。


「よくないねぇ」

 ナイロンだったので、毒を掛け合わせた発熱反応で溶かす。こんなの、あるだけでフラっと逝っちゃうやつだからね。


『よくないよ。死ぬのは、寂しいことだから』

「ねぇ、アイリさんはどうして死んだの?」

『私でいいよ、ボク』

「なんか変な感じだな……。ねぇ、私はどうして死んだの?」

 絵面としては、ベッドに腰掛けクッションを抱えたボクがひとりごとやっているだけだ。一人でよかった。


『自殺だよ』

「なるほど」

 驚きはなく、納得だけ。

 実家とは不仲だったようだし、イリスお兄さまは我関せずみたいな感じだったし。そういうことも、まぁ、あるか。


『リアクションうっす』

「ボクも一回死んでるからね」

『えー、なんで?』

 恋バナみたいなテンションだな……。


「このコス……えっと、いい服来てはしゃごうって集まりで、知らない人に恨まれてたみたいで刺されちゃった」

『ありゃりゃ』

「リアクションかっる」

『"ボク"だからね』

「似たもの同士ってことで」

 紅茶を術式で生み出す。なんとなく、二人分。


「で、なんだっけ」

『うん、ボクの術式の話』

「そうだったそうだった」

 私が出てきてそれどころじゃなかったからな。

『知ってるだろうけど、『毒』は私のなんだよ』

「いつもお世話になっています」

『いえいえこちらこそ。たくさん、人のこと救ってくれたみたいだし。おかげで気分よく成仏できるよ』

「成仏って概念あるんだ」

『lefveって言ったほうが良かった?』

「いや……成仏でいいです」

 気にしてなかったけど、やっぱり自動翻訳みたいなのあったんだ。効いてなかったら普通に詰んでたな。


『で、ボクの術式っていうのがだね』

「うんうん」

『服飾関係だろうねぇ』

「……雑だなぁ!」

『仕方ないだろ素人なんだから!』

「仕方ないよね素人なら」


 しかし、まぁ。


「『服飾』かぁ」

 嬉しい、のだろう。

 いつだったか、ミシンではなく手縫いで、アニメの魔法少女の衣装を作ったことがある。両親はとても褒めてくれて、サンタさんも衣装作りの環境をプレゼントしてくれた。いま見ればひどい出来かもしれないけれど……うん。やっぱり嬉しい。ボクに与えられたものがコレであること、ボクが私であること。


「ありがとう、私」

『どういたしまして、ボク』



◆◆◆



「ふかっ⁉︎」

 目が覚めると、クッションを抱いたまま突っ伏すような姿勢だった。通常ならば転がっていきそうなところだったが、数本の糸がボクの体を壁や天井とで繋ぎ止めており、最悪の事態は免れていたらしい。


「朝か……」

 コケコッコがないと、朝はこんなに静かなのか。

「おはよう、アイリ」

「アッシュじゃん、おはよう」

 挨拶ついでに、すっかり綿が寄ってやや硬くなりつつあるクッションを闖入者に投げつける。


「一応女性の寝込んでる部屋に入ってくるとは不埒な!」

「すまない、すまない! 村のみんながどうしても、って聞かなくてだな……!」

「…………、なるほど」

 萌え騎士分隊長め。


「まぁ、お茶でも飲みなよ。冷めてるけど」

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