糸と問と意図と遠のく

 捕まった。


 はい、捕まりました。

 一行、全員が、である。


 というのも、『蜘蛛』の魔王城に辿り着き、これを見上げていたときのことである。

「城……だが……」

 違和感にいち早く気付いたのは、観測術師のシーザーさんだった。


「ここ、じゃないのでは?」

 次にボク。違和感……ではなく警戒の琴線に触れた。

 ここにきて、オルテちゃんが状況を精査。同時、アッシュ、ディードスさん、エフェールさんがそれぞれ抜剣。


 ……覚えているのはここまでだ。ここから、いまの仲良しこよし拘束状態まで飛んでいる。


「エヘ」

 十メートルくらいある柱の上に磔にされたボクたちを見上げて、彼女は唇を歪ませた。

 拷問部屋、というのが近いのだろう。六メートル四方の、天井がやけに高い小部屋。縦長なのは悲鳴がよく響くから、と何かで読んだ覚えがある。天窓からは月明かりが差し込んできていて、時間の経過を感じさせた。

 目線で、アッシュに確認を取る。代表として行動・発言する許可だ。


「はじめまして、『蜘蛛』の魔王さま。ご歓待、痛み入ります」

「…………」

 『蜘蛛』の応答はない。ただ続きを促すように、妖艶な面持ちを崩さない。

 蜘蛛で女性型というイメージから外れることなく、『蜘蛛』の魔王は美人だった。フレームを仕込んだような大柄なスカートの中は……まぁ、なんだろうけど、上はかなりセクシーである。黒のレースドレスがセクシーじゃないわけないだろ。あったわ。ボクだよ。

 肌は白く、頬はなにをするでも赤らんでいる。血色がいい証拠だ。冬とかもポカポカなんだろうなぁ。


 さておき。


「ボクたちは、丘の上の村に住む人間です。しばらく前にワーウルフに襲われ、大人はみんな死にました。そこに付け込もうとする王都に呑まれないよう、『蜘蛛』の魔王さまにお目通り願いたく参上した次第です」

「……ね。キミの言葉で話してみて?」

「では、失礼して。村が大変だから助けてください」

「………………うーん……」

 悩ましげな声で唸り(セクシーだ……)、ボクの拘束だけが解かれた。


「面白そう。少し話そっか。似た服同士、ね」

「仲間たちも解放してください」

「ダメ。こうしないと、誰も本当のこと話してくれないんだもの」

「人質、ですか」

「効くんでしょ? 大変だよねえ」

「…………わかりました」

 磔にされている順番はディードスさん・アッシュ・(ボク)・エフェールさん・オルテちゃん・シーザーさん。アッシュとオルテちゃんがそれぞれ術式を使えば全員無事に脱出できそうだ。


「"苦悶の意図"」

 そう唱えて、『蜘蛛』は中空に手を翳した。虚空から真っ白……いや透明だ……な糸が生まれ、紡がれ、椅子とテーブルが用意された。

「……!」

 素直に、すごい、と思った。

 趣味で糸遊びしている身としては、いまの絶技を見せつけられて興奮を禁じ得ない。

 いけないいけない。交渉だ。


「座って?」

「失礼」

 腰を下ろすと、ピリッとした。オルテちゃんの『転移』対象になったときのような感覚……術式の対象になった反応!

「正直に答えてね?」

「眷属の子蜘蛛は出さないでもらえます? ボク苦手なんだよね」

 笑みを崩さないまま、『蜘蛛』は一つ手を振るった。部屋の外に蠢く無数の気配が遠のいていく。

「これでいい? 私の子たちが入り込む隙間も、ちゃんと糸で埋めたよ?」

「ありがとう。これでギャアとならなくて済むよ」

 苦手なのはホント。


 さて、と『蜘蛛』。

「ね。私のこと殺す気でしょ」

「まぁ、半分はそのつもり……で、ッ⁉︎」

「アイリ!」

 突然の吐血。アッシュが動こうとしたが、ボクはこれを手で制する。

「なるほど。嘘発見器か……」

 椅子に座った相手が嘘をつくと、体内に仕込んだ微細な糸が対象を破壊する。いや、この場合、糸を操っているのはボクだ。『蜘蛛』の、ボクを品定めするような視線からすると、ボクがダメージを受けてから虚偽申告に気付いたようだし。


「え゛ー……、十割やる気です。でも交渉も十割。手を取り合えなきゃ、やるしかないでしょ……」

「わお、ワイルド。そうこなくっちゃ」

 『蜘蛛』は空にハンカチを編み出し、ボクに手渡した。アヤメの花が刺繍されていて、血を拭くのが勿体ないくらいだ。


「ね。その素敵なドレス、見せてよ」

「見せたら何かしてくれますか?」

「引き裂かないであげる」

「あなたが協力してくれて王都との問題が解決すれば、このようなドレス、何着でも作ってみせますよ」

「すごい自信。根拠は?」

「いまこうして命を懸けているでしょう。足りませんか?」

「……いいね」

 正直に答えても特典はないらしい。そりゃそうか。


「うーん……殺すのは惜しいなぁ。なにかもうひと押しあればなぁ」

「そうですね。協力を約束したら殺さないであげます」

「…………面白いね」

「面白いなら笑いましょうよ。魔王さま、なんでしょ?」


 ――『蜘蛛』の魔王は、高らかに笑った。

 きはははは、という笑い声は高天井によく響く。ボクが手拍子で囃し立てると、二、三度息を吸い直してはピチカート奏法のように喉を震わせる。


 そうして、がくりと項垂れた。

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