vs騎士団長&大軍師イリスお兄さま

 川の堀の向こう、高い塀の向こうから、部活やってる男子高校生みたいな声が聞こえる。いや、訓練なんだろうけどさ。

 アッシュが門番の人に名乗り、一言二言交わして入城。


 城は大きく二つ……王様とかがいる政治っぽいのと、騎士団が寝起きする物見台を備えた要塞……あって、今回用があるのは厳つい方。

 道中屈強な男や学者然とした男とすれ違うたびに敬礼され、敬礼を返すアッシュ。偉いんだなぁ、と再認識した。あとまぁ、やっぱ生まれが平民だからか、ちょっと軽んじられていたり。

 ボクはといえば、まぁ、ジロジロ見られた。女騎士や女術師も散見されたので奇異、というのもちょっと違う肌触り。女性陣からはアッシュの隣にいることへの妬みとかで、男性陣からは何か感じとる前にアッシュが阻んだのでよくわからない。なんなんだろうな。


「失礼します」

「し、失礼しまーす……」

 複雑なルートを通り、一際固そうな木扉の前へ。

「入れ」

 促され、入室。陽光が適度に差し込む作戦室である。

 席に着くヒゲの男性と――

「お久しぶりです、お兄さま」

「やぁ、アイリ」

 赤毛金眼の紳士、大軍師と名高いイリスお兄さまだ。


「いや、ワーウルフが化けているのか?」

「イリス殿、取り下げてください」

「いや、いいよアッシュ。小心者なお兄さまらしい、的確な懸念ですので」

 一理あるしね。

 森で一人暮らしを始めた小娘が、人に化ける人狼を一網打尽? ボクがすごかった、アッシュたち騎士団が優秀だった――よりも、テキトーな仲間割れとかの陰謀論の方が通りやすいし、慎重にいくならその線を意識するべきだ。初手ふっかけは普通に仲悪いだけだと思うけど。


「そうだ。お茶を用意したんです」

 手品らしい手つきで、お盆とカップとソーサー、紅茶を湛えるポットを召喚。

「お兄さま、お好きでしたよね?」

「――――」

「――――」

「いただこう」

「さすがです」

 グイッといった。漢だねぇ。


「お、おいアイリ……」

「無事かね、イリスくん」

「毒のことですか? フフ、オレはアスラピスクスの出ですよ? 仮に毒だとしても効きません。騎士団長殿もどうです? 茶を淹れるのだけは上手いんですよ、妹は」

「上手いというか、手品だったが……」

「上手いでしょう?」

「……アッシュ……」

「ははっ」

 騎士団長、苦労してるんだろうなぁ……。


「ちなみに、吐くほど飲んだらさすがに体に悪いです」

 シュウ酸とか、タンニンとか、カフェインとか。思いつきでそういえば含まれていたよな、って出してみたら出てよかった。


 歓談ながら、アッシュが村の状況を説明する。

 村長は存命であること、現在ボクの魔術から生み出したアレコレを特産品として経済的に自立可能なこと。

 騎士団長に代わり、イリスお兄さまが村を接収し前線とする旨を並べる。


「正式に騎士団の指揮下に置く。子供たちは怪我が治り次第、我々のサポートをしつつ訓練に励んでもらいたい」

「いまあの村の代表はボクです。今回の件で、子供たちは心に深い傷を負いました……それを徴用するのは、承服しかねます」

「だからこそだ、アイリ。最低限のリスクで、最大限の効果を発揮する。森の先に潜む魔物、構える七大魔王の無力化は急務だ」

「急務、ですか。ではあの村を襲ったワーウルフ討伐は急務ではなかったと? お兄さまの言う、最低限のリスクだったと?」

「アイリ、なにもそこまでは……」

「アッシュ、ボクが話しているんだ、このクソ兄貴と」


 空になったアッシュのカップにおかわりを注ぐ。


「……ただまぁ、終わったことを蒸し返すのは話し合いではないですからね。そうだな、ボクがその七大――

「――いいだろう。アイリくん、君が七大魔王の一角でも落とせたら、新たに自治権を認める」

 急に割り込んできた騎士団長は、その旨が記されたボクのサイン待ちの書状を取り出した。


「騎士団長殿、それはさすがに……!」

 狼狽のお兄さま。

「条件がある、アイリくん」

「どうぞ」

 このヒゲ、どこまで読んでるんだ? 我ながら突飛……いや、思い返すとそうでもないかもだけど、こんな誓約書を用意するほどか?


「入れ」

「失礼します」

 恭しく入室した女性は、栗色の髪を揺らして騎士団長の隣に立つ。

「転移術師のオルテンシアだ」

「オルテンシアです」

「オルテと呼んでやってくれ」

「オルテです」

 目隠れシスターのオルテンシアさん。ひどくつまらなそうに、騎士団長の言葉を繰り返すだけだ。


「テンシアさん、よろしく」

「テンシアです、よろしく」

「アイリ」

 アッシュからのたしなめチョップ。


「……それで、オルテさんはどういう?」

「最低限のリスク、だ。もしお前が七大魔王を突っついて失敗した場合、報復として王都を襲うかもしれない。そのとき彼女は騎士団の名代として折衝、だめだった場合ここに転移して報告ののち、迎撃の構えを取る」

「おぉー……」

「え、そうなの?」

 感心した手前、騎士団長がとぼけた。いや、結構マジの反応だこれ。目ってこんな丸いんだ。


「……騎士団長殿。では一体、どんな理由でオルテンシアを付けたんですか?」

「はい、オルテンシアです」

 あ、やっぱ変な子だオルテさん。

「勘」

「……はぁ。とりあえず、そういうことだ。オルテンシアもいいな?」

「はい。アイリさまがダメそうなら尻尾を巻いて逃げてきます」

「………………まぁ、そうだね」

「………………まぁ、そうだな」

 お兄さまと被っちゃった。


「付け加えとなるが、決行は三ヶ月後以降としてもらいたい」

「なんでまた」

「報復に対し迎撃するにしても、それなりの用意がいる。その準備期間だ」

「なるほど」

 先まで読め過ぎて自分でもよくわかってない騎士団長と、そこの抜けた論理を補い形作る大軍師イリスお兄さま。ボクが本格的に腐ってたらコンテンツとして消費していただろう。


「では。そうそう、こちら手土産です。騎士団長殿にはこのハンカチを、お兄さまにはこのマフラーを」

「これはご丁寧にどうも」

「……なんのマネだ?」

「寒くなりますからね。ご自愛ください、お兄さま」

「…………ありがたく使わせてもらう」

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