コスプレ毒薬令嬢、王都へ日帰り
「裁縫、上手いじゃないか」
事のはじまりは、ぼやぼや子供たちと話しながら服の傷みが気になったことからだった。
ワーウルフに襲われたためか、かなりボロボロだった。針と糸とよくわからない素材の生地があったので、よし繕おうというわけだ。
「毒よりこっちのほうが得意だからね」
こちらの世界でも針仕事は女性のステータスらしく、とりあえずパッチ当てはできないと剣も触れない男子と同じ扱いを受けるらしい。危なかった……。
「ん、よし」
口元で糸を切って、ひとまず完成。普通のTシャツだが、未知の素材の馴らしとしては及第点だろう。
「これ、騎士団の分隊長さんとしてはどうかな」
「ジャガイモとやらを出してる場合じゃないぞ、アイリ」
「そんなに?」
なんかその辺の店で名剣が飾られているのを見つけたような目の輝きだった。コスプレオタク冥利に尽きる。
「アイリ。どこまでのものを作れる?」
「どこまでって……コレとか」
と、いま着ている服をつまんでみせる。
「……まさか、だよな」
「というと?」
「いや、アスラピスクスほどの名家ともなると着ているものもすごいな、とは思っていたが……自分で作れるものなのか」
「いやいや、ここにあるなら誰かが作ったんだよ」
「それもそうだが……」
しげしげと観察するアッシュ。近い近い。
「あまりこういう話は好きではないのだが……例えば、アイリがいま着ているような服を然るべきところに卸せば、数年は遊んで暮らせるだろうな」
「コレを、何着くらい?」
「一着だよ」
「……なるほど」
と納得してみたが、内心とてもうれしい。趣味でやっていた服飾に値段が付くらしいのもあるが、こうも褒められるとな。
「じゃあさ、来週行く王都に手土産として持っていったらコトが有利に運ぶってわけだ」
「いいのか⁉」
「いいよいいよ。村のみんなの副を直してからだけどね」
「助かるよ、アイリ。きみが毒を扱うと報告した手前、料理で懐柔するのは難しいと思っていたところだ」
今回ボクたちが王都に向かうのは、村の自治権を得るためだ。
大人が全滅したいま、王都からやってきた役人によっては、管理維持の建前でロクでもない前線にされる可能性がある。平民出身のアッシュたちがこうして集まってこんな辺鄙なところに派遣されてきた手前、役人……貴族だろう……がこの村の子供たちをどのように扱うかは察するに余りある。
「ちょっと食べてみて安全アピールってのもワーウルフ相手にやったからね、食べ物で取り入る線はボクも無いと思うよ」
「ははっ」
「フフ……」
騎士団がボクに無闇矢鱈とビビってるのもあって、話し相手はもっぱらアッシュと子供たちである。その子供たちも家畜の世話で忙しかったりして、あまり一緒にいてあげることはできない。必然この金髪赤目優男と二人で話す機会が多くなるのだが、この頃他愛ないことで笑い合う場面が増えてきたように感じる。あんまり親密になると前みたいに刺されるから、いい具合のラインを意識しなくては。
「では、また夕食のときに」
「うん。またね、アッシュ」
◆◆◆
竜車に乗って出発。
馬車の馬が竜になっている。アロサウルスのような小型肉食恐竜が幌付きの荷台を強靭な尻尾で掴んで曳いているのだ。
十分とせず酔ってきたので、吐き気止めとして有効らしいスコポラミン(略)を服用。なんか、効いた気がしないでもない。
道中、アッシュは無言だった。意外とおしゃべり好きな彼がこうなるのは珍しかった。
◆◆◆
「おぉー……」
なんというか、ファンタジーな光景だった。
石畳の街中に、雑然とした市場。意思を持つように足元をうろつく水色の球。
「城下町だ。中央から一本でも道を逸れると、アイリにとっては治安の悪いところだから、俺から離れないように」
「はーい」
言われた通り、少し耳を澄ますと、暗がりの方から怒号や呻き声が聞こえてくる。
露店には見覚えがあるんだかないんだか、さまざまな食料が並んでいた。ボクの視線に気付いた店主が体を起こすも、騎士の甲冑に身を包んだアッシュの連れだとわかると、口惜しそうに腰を下ろす。楽で良い反面、こっちの文化に触れる機会を逸してしまったのも否めないな。
大きな十字路に来た。左右にはここまでと同じ街並み、正面は高級街らしく、さらに先には絵に描いたようなお城が聳えていた。
「実家には……いや、いいか」
フラッシュバック、こっちの私の記憶。高級街を少し行って、果物を貫く杖の看板を掲げる小屋敷がアスラピスクス家だ。私が言うように、ボクも会いたくはないかなぁ彼らには。
「……貴族ともなると、そういうのもあるのか」
アッシュの瞳には郷愁が燻っていた。
「アッシュの家族は?」
「みんな死んだよ」
「そっか」
手品めいて、スモモ……プラムを一粒生み出して、アッシュに手渡す。種子には毒性があるので、そこを食べなければ無害だ。
「美味い」
「でしょ」
「すまん」
「いいよ」
なんとも言えない空気を保って、石橋の前に着いた。
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