スローライフには程遠い

 村を任されて一週間が経った。


 ジャガイモやタマネギ、各種香辛料のほか、貝毒を含むアサリや、ボツリヌス菌(神経毒)を含む食肉、それならサルモネラ菌もありだろうと殻付き生卵の精製に成功したボクは、ひたすらマッシュした芋を主食にする生活を送っていた。


 ワーウルフなる魔物が群れを成して現れた手前、この村は対魔物の最前線となる。王都としては騎士団を置かざるを得ず、アッシュたち平民チームのほとんどがここに移り住むことになったのも大きな変化だろう。


「村じゃん!」

「村だろ」

 代表となるボクのほか、騎士団分隊長としてアッシュ、長老として村長という三位一体の布陣だ。三位一体と言いたいだけだ。


「ボクいらなくない?」

 村長が健在で、村を守る大人の代わりに騎士団も常駐している。ボクはいらないはずだろう。


「村の子供たちは、君をこそ寄る辺にしている。我々もまた、君の生み出す食事の虜だ。君が一番前に立たなければ、誰も納得しないだろう」

「うぇええ……」

 勘弁してくれ。



◆◆◆



 勘弁してもらうため、畑を拓き、芋を植えた。

 有精卵を作り出し、なんとか孵して、この世界にニワトリ牧場を作り出すことに成功。ワーウルフを捌ける騎士団のお兄さんに頼んで鶏肉と全自動鶏卵生産施設を手に入れたのだった。 


「どうだ? これでボクがいなくてもなんとかなるだろ!」

 何とかなるのは半年後くらいだが(それまではボクがぽこぽこ出す必要がある)、それでも言質は欲しい。


「なにを言っているんだ……?」

 なにを言ってんだ?

「アイリ、なにか勘違いしているようだが」

 救護施設としての役を終えた教会は……司祭も人狼だったので……ボクの根城になっている。


 手頃な狭さで気に入っていた告解室でぼーっとしていたところ、向かいの部屋にアッシュが来たのだ。迷惑には迷惑だが……他の騎士団の人と比べると、慣れてる分楽ではあるか。


 はて。勘違い……勘違い? ボクに求められているのは、こっちの世界で知った老化薬を応用した回復促進毒(老化させる行為を毒と見做し、それを薄めたもの)による治療促進と、食料の提供くらいしかないだろう。治療の方は粗方済んでいて、子供たちはバランスの取れた食事を対価に食糧生産の歯車の担い手となってくれている。


 いいじゃん。ボク、このままこの村が軌道に乗ったら隠居しても。


「……アイリ。王都はこの村を接収できないかと目論んでいる」

「……なるほど」

 なんで? と聞こうとしたが、同時、ワーウルフ迎撃の地図を思い出した。この村は、王都が所有し得る人類最前線なのだ。森には魔物が潜むのだろう。そのほかにはヒト。森の先には七つの城だったか。

「前線基地、なわけだ」

「ご明察だよ、アイリ」

「……壊滅した村を使って前線を進める。幸いこの村には、アッシュたちと子供しかいない。言いたいことはわかるけどさ、人としてどうなの?」


 ヒトとして。人として。音は同じでも、文字が違えば意味も違う。

 ボクの偏見と印象ならそれでいい。そうもならなそうなことが、アッシュの平民部隊の在り方と、アッシュの声の熱から察せられた。


「……いや、まぁ。そういう弱みに付け込むアッシュも大概だけどね?」

「……ははは」

「誤魔化すのはヘタなのか……」

 腹芸できないのにやるのは、それだけ追い詰められている証左だろう。


「…………アッシュたちには世話になってるし、この村にも愛着が湧いてきたし。ボクもほかにやりたいことないし、後ろ盾もほしいし……はぁ、わかったよ」

「きみも大概、誤魔化しが下手だな」

「フフ……」

「ははっ」

 すこし下らない話をして、ボクの王都行きが決定した。

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