領主役、了承します
「…………あー、死ぬかと思った」
目が覚めると、騎士団のテントだった。
「アイリ……よかった……」
朝である。
ちゃんと雨が降ったのか、湿度が高い。
疲れを感じさせないアッシュは、ずっとボクの手を握っていたのだろう。目元にクマがあるし、ボクが起きるのを見計らって手を握ったとも考えにくい。
「おはようアッシュ。村は?」
「我々の勝利だ」
そういう声音は暗い。
無理もない。大人たちは村長一人を除いて全員がワーウルフ、残された子供たちも大小心身共に傷を負っている。
勝利。村の人間も派遣された騎士団も誰一人死ぬことなく、ワーウルフを全滅させた、まごうことなき大勝利だ。結果として村は壊滅してしまったが。
「そう。勝ったんだ。よかった」
「ところでアイリ、きみは無事なのか? ヤツらと同じ毒を口にしたんだろう?」
「あぁ、あれね。量が少なかったのもあるし、なによりコレさ」
中空に手をかざし、水を生み出す。
「これは?」
「ただの水だよ。飲みすぎると誰でも死ぬ、立派な毒なだけの」
致死量の図り方は様々だが、ごく短時間であったり条件が重なれば一リットルで具合が悪くなるなどの中毒症状、七リットル前後で致死量となるのだ。
「これでワーウルフに仕掛けた毒を薄めた。上手くいってよかったよ」
「そんなこともできるのか……」
「野菜も出せるよ」
芽に毒のあるジャガイモ、食べ過ぎると腸の中の必要な細菌を殺してしまうニンニクや、犬によく効くけど今回は使用を見送った玉ねぎなどなど。
「これは……?」
「食べ物……そうか、見たことないか」
そういえば異世界だった。
「アスラピスクスの……貴族はいつもこんなものを?」
「違うよ」
「そうか」
ジャガイモを拾い上げたアッシュは、加熱すらしていないそれにかじりついた。
「不味いな」
「だろうね。時間ある? 明日、本当のジャガイモ料理をごちそうするよ」
◆◆◆
村を物色すると、羊のミルクや少々の肉類、大事そうに保管されている香辛料が見つかった。香辛料は食べ過ぎるとおなかに悪かったな、と思って念じてみると、よかった、バジルに胡椒、唐辛子まで出てくるぞ。
「おまたせ。マッシュポテトとスープだよ」
村が壊滅したということで、ここの処理をどうするか騎士団が精査してくれていた。それで数日足止めを喰らい、あらかじめ持ち込んでいた食料が尽きそうになった晩。
事務仕事が苦手だという騎士さん数名が手伝ってくれて完成したのは、名前もつかないような料理だった。すごいぞ塩と味の素、異世界のカスみたいな食事でどうするか悩んでいたが、これならボクもなんとかなりそうだ。
一緒に何か肉がテーブルに並んだが、気にしないでおこう。
「お、姉ちゃん」
教会であった、妹を介抱する骨折少年のキューズくんだ。
「お、元気になったね」
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」
彼の後ろには、椅子に座る妹のメイちゃん。こちらもほとんど包帯が取れている。よかったよかった。
「どう? おいしい?」
「うん! こんなに美味しいの、食べたことないよ!」
すごい元気だ。男児だよ男児。すごいなぁ。
「食べ終わったらお薬だよ」
「えぇ……ーい」
肩を落とすが、それでも食べる手は止まらない。食べられること以上の健康はない。よかった。本当によかった。
「ねぇ。もう戦わない?」
「怖いこと、ない?」
「うん。絶対にない」
PTSD……だろうな。目の前で自分の親がワーウルフになったんだから、一言で括れるものでもないだろう。
忌避感。拒絶感。それが伝わってきて、絶対に、って言っちゃった。まぁいいか。実現すればいいだけだしな。
「アイリ、話がある」
「アッシュ」
なんか偉いっぽいな、と思っていたアッシュだが、この騎士団を指揮する分隊長様だったらしい。平民上がりの騎士、ということで、似たような身分の男たちをまとめ上げているという。
なんちゃって現代飯宴会の火の端。文化祭とかだと雰囲気最高なんだけどな。ボクには後にも先にも縁のない話だ。
「騎士団……我々の結論だが、君にこの村の復興をお願いしたい」
「無理だろ」
「幸い、この村には村長がいて、未来ある子供たちも君のおかげで無事だ。武力、治療、食料、身分といった面でも、君こそが適任だ」
「無理だって」
「いや、君にしか頼めない」
「話聞かないな……コイツも人狼かァ……?」
マブクたちも話聞かなかったしな。
「君だからこそお願いしたい」
「もう! だからさぁ!]
と、ボクは身の上を話した。
ボクはボクじゃないこと。
本来ボクは、ここではないところで生きていたコスプレ趣味のオタク……奇人……であること。
ふとしたときに殺されちゃって、死んで、気付いたらボクだったこと。
元のアイリ・アスラピスクスさんのことはあんまりよくわかってなくて、ボクはあくまでボクではないこと。
「そうか」
と、アッシュはただ飲み込んだ。
「面白そうだ。君に頼みたい」
「バカなんじゃないの?」
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