よいコスプレイヤーはマネをしないでください

 捕まった。

 というか、拘束というか、介抱というか。

 ボクはアッシュに首根っこ掴まれて、念のため設営されたテントの寝台に寝かされていた。


「え、なに」

「生き物を殺す魔術、というものがあってな」

「はぁ」

 そんなのあるのか。


「その術師は、日に四度、手を触れた相手を殺害するという魔術を扱うと昏倒したという」

「……はぁ」

「ワーウルフ五三匹。きみにも相当の負荷がかかっているのではないか?」

「いや、全然」

「もるひね、とやらの効果か? 無理するなよ」

「してないしてない」

 ホント、ただボケっと硫化水素流してる時間がヒマだったのが一番キツかったくらいだ。


 その違いはなんだ? ボクと生き物殺しさんの違い……。


「ね。アッシュたちって、毒ってどれだけ怖い?」

「毒、か。体に入り込みはするが、魔力でどうとでもなるだろう。ええと、あぁ、これだ。観測術師のライムはこういう辞書を必ず持ち歩いている。読んでみろ」


 いくつか並ぶ多段ベッドのシーツの下から、エロ本みたいに隠されていたヒモ綴じの本を手渡される。ライムさんごめんね、あなたのエロ本、拝読します。


「……なるほど」

 わかったことは三つ。

 まず、ボクはこの世界で普通に読み書きもできそうなこと。

 次に、この世界では毒というのは魔術・魔力を阻害するものであり、またそれらは十分レジストできるという概念であること。


 最後に――


「――魔術の価値……強度は、どれだけ危機意識を持たれているかに左右される?」


 言い換えるなら、この世界の人々が思う『強い魔術』ほど消費が大きい、ということだ。


 例えばアッシュの【斬閃領域エスパーダ】。なんでも斬れるというのはあまりにもわかりやすく強力で、その分負担は大きいのだろう。それにいくつかの制約を設けることで、実用可能な必殺剣の域まで昇華させている。


 いいぞ。そういう理屈なら、中学生のころ入り浸っていた最強議論とかいう不毛な争いの場で腐るほど見た。ボクは別の意味で少し腐っちゃったけど。


「そうだが……なぜ今更、そんな確認を?」

「いや、念のため」


 そうだった。ボクはともかく、ボクのガワ(コスプレ)のガワ(憑依・転移先)はこっちの世界の子だった。知っていて当然か。

「なんでもない。雨が止むまで村から出ないよう伝えておいて。ボクは寝ます」


 そう言い残して、何かの毛皮そのままの毛布を頭まで被る。不思議と不快感はなかった。


 ――。


 ――――、…………寝つこうとすると、騒ぎで妨げられた。


 悲鳴、狂騒、怒号。精強な声音が、状況を立て直そうとなにやら指示を出している。


「なになになに」

 のそのそとテントから出ると、村は火に包まれていた。


「…………」

 逃げ惑う村人を襲う数体のワーウルフ。それを食い止めようとする騎士団。状況は始まったばかりらしく、互いに彼我の力の差を確かめているような間合いだ。


「そこにいたか、アスラピスクス」

「その声、マブクか」

 人語を放ったそのワーウルフには、覚えがあった。

 毛むくじゃらで体躯こそ大きく変容しているが、どう見ても村の青年マブクである。


「なるほど、ワーウルフ……人狼か」

 オンラインで遊んだことがある。村に潜む、人に化ける人喰い狼のやつだ。


「アスラピスクス……どういう魔術か、ニオイを消しやがって……探したぞ」

 ニオイ……アッシュが貸してくれた毛皮のおかげか。


「仲間たちをやった毒は、ここじゃ使えないんだろ?」

「…………まぁね」

 硫化水素は空気より重い性質と風向きを利用して、村より低い位置で風下だったワーウルフの森に流したのだ。いままさに村を襲う人狼に向ければ、ボクや騎士団を巻き込んでしまう。


 応戦している騎士団たちは遠い。しかも劣勢のようだ。


「降参だ、マブク。これでどうか、命だけは助けてくれないか」

「これは……」

「オマンジュウ、だって。騎士団が携行食で持ってきていたのを、さっきテントでもらったんだ」

「……お得意の毒じゃないのか?」

「もぐ。はい、これで信じてくれた?」

 一口かじり、飲み込んだのを認めた人狼マブクは、もう一つを受け取った。


「きみの仲間の分もある。子供たちだけでも」

「いい顔だ。いいのか? 残りの連中はお前が殺したも同然だぞ?」

「……ボクだって、自分の命は惜しいさ。子供たちも助けてくれるってなら御の字だろ」

「下等生物らしいな」

 哄笑し、ボクを捕らえるマブク。


 人狼たちは、仲間たちと人質である子供たちを教会に集め、騎士団を村にあったロープで拘束する。

 その数十五匹。ボクを訪ねてきた青年たち全員と、カモフラージュだろう、怪我をしていた大人数人……というか、村長以外の大人全員じゃん。もう終わりだねこの村。


「アイリ、きみのことだ。任せたぞ」

「迷惑かけるね、アッシュ」

 連れてこられたアッシュと、手短に言葉を交わす。ボクの命乞いを受け、マブクは一目散に仲間たちを呼んだのだ。交戦していた騎士団は、アイリ・アスラピスクスの提案と聞いたアッシュの指示に従い、沈黙のままワーウルフたちに連れてこられた。


「騎士団のメシらしいぞ」

「ミヤコのメシってことか?」

「意外と不味いな」

「オマエが田舎舌なんだろ」

「口直しの騎士団連中もいるんだ。滅多に食えないモンを楽しもうぜ」


 人狼たちはやりたい放題だ。給仕させられているボクは、ひたすらに時間を数えるばかりである。

 騎士団のテントと教会を数回往復。逃げる選択もあったが、今度こそニオイを覚えられてしまったし、人質もいる。必要な労働だ。


「さて、そろそろ飽きたな。殺すか」

「くっ……」

 矛先が武装解除させられた騎士団に向かった。

 一人でも歯向かえば、その場で子供たちが食い殺される――わけないだろ。


「グ、ぇ……」

 まず、マブクが倒れた。

 口の端から泡を吹いてしばし痙攣したのち、動かなくなる。


「おい、マブク⁉」

「くそ、また毒か⁉」

「はい、また毒でーす」

 ボクの体も震えてきた。少量の接種とはいえ、不味いしマズかった。一時とはいえ信用を得るためとはいえ仕方なかったが。


「ぅ、オぇ……」

 農薬。それを練りこんだ饅頭、つまり毒饅頭である。その辺にばら撒いて害獣に食わせて駆除するものだが、お散歩中の飼い犬が拾い食いしてしまう事件が後を絶たなかったらしい。動物嫌いのヤツがペットをこそターゲットにこさえた事例もままあったとか。


「ぐ、ぅ……ッ」

 発動の目安は三十分。早すぎても遅すぎても気取られてアウトだったけれど、うまくいってよかった。

 ちなみに、誤飲した際は吐き出してはいけない。食道を傷つけるからだ。耐えろボク。耐えろ!


「食い意地張ってるからだ、バァーカ!」

「クソ、……毒婦め……」

 立て続けに蹲る狼人間たち。好機とばかりに、立ち上がった騎士団たちが首を刎ねていく。


 勝利を確信して、ボクはゆっくり目を閉じた。

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