お口もごもご系主人公と騎士団分隊長

 監禁されてしまった。

 ないし、拘束されてしまった。

 両手は粗雑な荒縄で、足首はその辺で拾ったらしい蔦で縛られている。


 縄っていうのはセルロース……タンパク質の一種……であって、適当な強めの酸性液で破壊できる。それをしないのは、ボクの沙汰が明後日の魔物討伐に派遣された騎士団に委ねられたからだ。


 猶予、というやつだ。あるいは状況の先延ばし。毒というものに対する警戒心があまりにも希薄で心配になるが、今回は助かった。首を切られても生きている保証はないし、痛み止めを作り出せるとはいえ、フツーに痛いのはイヤ。回避できるに越したことはない。


 村長にお墨付きをいただいたモルヒネとその投与ノウハウと引き換えに、三度の食事と排泄、それから清拭、なにより常時監視の免除を約束してもらった。知らない、いわゆる異世界だ。衣食住の勝手を知らない手前、囚人扱いながらそこそこのレベルを勝手に用意してくれる状況は願ってもない。


「チッ」

 彼らがいうところのヤツらの襲撃、並びに騎士団が村に到着するまでの、最後の食事。配膳に来たマブクは露骨に舌打ちをして、トレーを置いて行った。


「おい、少し斜めだぞ」

 村長宅の地下に設けられた食糧庫の一角。長方形の乾燥粘土(レンガのような敷き詰め具合だが、精製が甘い)を基準に見ると、はい、少し斜めですね。よくない。注射器の針だって正しい角度で刺さないと思わぬ事故に繋がるのだ。大事なことである。

「よくないんじゃないか、こういうのは」

「…………チッ」

 よく舌の鳴る人だな、と思った。長いのか、歯の並びが悪いのか、だな。



◆◆◆



 ぼんやりしていると、彼は来た。


 空のビーカーも用意できるらしく、そこに一滴ずつ揮発性の少ない毒を溜めて時間を計っていた分には、予定通りらしい時間だ。


 ちなみにそのころボクは、片手間に口の中でグルタミン酸(旨味成分。一部界隈では猛毒扱いされているただの味の素だが、どうも”毒”扱いらしい。スラングもありなのか、この術式スキル)を出して粗雑な異世界飯の余韻を紛らわせていた。


「や」

 カビとホコリ臭い暗所にはあまりにも不釣り合いな気さくな声音で、彼は鷹揚に手を挙げる。

「ども」

 イモムシをやっていたボクの体を抱え起こした紳士は、そのまま座りこんだ。


「話を聞こうか」

「……はじめまして、アイリです。少し離れた森で、一人で暮らしています。数日前、この村の若い人たちが訪ねてきて、魔物に襲われた人たちの治療を頼まれました」

「それから?」

「ボクに扱えるのは毒だけです。その毒を使って、村人たちの痛みを一時的にですが取り除きました」

「村人の……マブク氏を昏倒させたのは?」

「治療行為の邪魔だったので、少し眠ってもらいました」

「そうか」


 うん、と彼は頷いて、ボクを肩に担いだ。縄、縄ほどいてくれよ。


「怪我人たちからの話も聞いている。解放だ、アイリくん」

「そりゃどうも」


 縄は?


 ロウソクで照らされた階段を上り、誰もいない村長の家のリビングへ。


「ところでお兄さん」

「アッシュ。アッシュ・レギオンだ」

「レギオンさん」

「アッシュだ」

「アッシュ」

「『さん』も無くすのか……まぁいい。状況はもう始まる。村人を治療したという君の力を借りたい」

 まっすぐ、緋色の瞳がボクに向けられた。


「ところで、だよ。ボクには毒しか使えないんだ。治療は……できない」

 そう。ボクのアレは治療とはいえない。痛みを欺瞞させるものだ。

「魔物退治に後衛として協力する代わりに目を瞑ってくれる、っていうなら、そういうことにはならないと思う」

「目を瞑る代わり、というのはご明察だが、君に求めるのは毒そのものだよ」

「……マジ?」

「大マジだ」

 大マジの眼だ。


「ヤツらの毛皮はしなやかで硬く、我々騎士団の剣技を以てしても難儀するだろう。だが、毒ならどうか。いかなる魔術も弾き返す生態だろうと――」

「――うん、生きてるなら殺せるよ」


 なんというか、こっちに来て初めてちゃんと期待されたからか、思わず大マジの眼で返してしまった。大真面目にやっちゃって……だというのに、不思議と、恥ずかしさはなかった。

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