毒と薬/1

「失礼」

 少年の肩に手を置き下がらせて、妹さんの左腕の包帯をほどいていく。

 その折れてしまいそうな細腕に、魔術スキルで作り出した注射器の針を突き立てた。


 ――ボクが被っているキャラは、あらゆる毒に精通しどのような服用方法も強行する子だった。シリンジにビーカー、水着衣装実装のときはフグみたいな風船や水鉄砲を出したりクラゲや貝を撒いたりしてたっけ。


 推しを推すため、ボクもそれなりに勉強はした。慣れない言葉ばかりで苦労したけど。

 内容物を少女に注入し終えて、一息。苦悶の声を上げるばかりだったその子は、途端に静かになった。


「な……アイリさま、なにを」

「アスラピスクスきさま、何をした⁉」

 同伴していた男の一人が、ボクの胸倉を掴み上げ怒鳴る。

「落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか! メイに……うちの娘に何をしたんだと聞いている!」

「いいから。離してください」

「あれだけ苦しんでいたんだぞ? それがどうして急に……まさか」

「だから、楽にするといいました。いいから離せって」

 手が空いていたので、彼の鼻先にかざす。怒りで呼吸が荒くなっていたし血行もよかっただろうから、よく効いただろう。そのまま脱力し、倒れこんだ。


「な――」

「今度はなんだ⁉」


「あとで説明するから。特に強い痛みを訴えている人は?」

 結局リーダー以外の全員の意識を奪う結果になってしまったが、仕方ない。

 案内されるまま、数えて十六人に妹ちゃんと同じものを投与。ノイローゼ気味の人たちに休んでもらうことにした。



◆◆◆



「話を聞いてくれるそうでなによりです」


 日が暮れて、夜。


 リーダーさんは村長の息子で、ボクはその村長の家にお世話になっている。事実上の軟禁である。


「皆さんに投与したのはモルヒネ――鎮痛剤です」

「鎮痛? なるほどな……」

 そのリーダーさんは、男衆を宥める防波堤役になってくれている。ボクの話は村長さんが聞いてくれいていた。容疑者の陳述である。こんなアウェーな裁判、どんな悪人でもなかなか味わえるものではない。


「あなたがたに浴びせたのは酢酸エチルになります。えっと、吸うお酒みたいな」

 害のないレベルまで希釈したものを、村長に嗅いでもらう。

「ム。果実のような……。確かか? マブク、ジダ」

 マブクとジダなる男性は、おずおずと首肯した。


「………………」

 白く立派な髭を蓄えた村長は、腕を組んだまま目を瞑り、少し考えて、

「教会で治療に当たっていた皆からも話は聞いた。もるひね、なるものが鎮痛剤というのも確かだろう。ヤツらの襲撃以来、やっと満足に眠れたとも」


「ですが村長、そいつはアスラピスクスの娘ですよ」

 初手掴みかかりのマブクが反論する。

「それに、行商人から聞いた! 思い出したぞ……アイリ・アスラピスクス! 薄桃色の巻き髪をした琥珀の眼の毒婦……ッ!」


「毒は薬ですよ」

 マブクを、今度は瞼を塞いでやる。


「どうだ、マブク」

 自由な右手で中指を立てたり、親指を下げたり。中指の時点でジダともう一人(あとで知ったけどフィフィー、というらしい)がワインの空き瓶を突き付けてきた。こういうのは通じるらしい。いいね。


「きみにはいま、自分が何をされているかわからないんじゃないか?」

「……そうだが」

「素直だね」

 手を離し、今度は両手の平で耳を覆う。

「ばーか」

「???」

「あほ。まぬけ」

「キサマ、アイリ・アスラピスクス!」

 ひと際挑発に弱そうなジダがついに振り下ろした。


 かしゃん、と空虚な音がして、村長が呻く。


「すみません。止血毒、塗っておきますね」


 ドルマイシン……だったか。軟膏……を、ボクを庇い頭に打撃を受けた村長に施す。思った通り、人間だけではなく、例えば菌類に対してな抗生物質も”毒”の範疇のようだ。


「と、まぁ。マブクさんにやった通り、めっちゃヤバいのは妨げられてますよね。でも目や耳を封じられるような、はい。そういうことで、毒は薬なんです。わかりました?」

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