第20話 六日目② ~人種の坩堝~


 空港で最後のハグをしてクリスティナさんに別れを告げ、サンパウロ行の便に乗り込んだ。其処で乗り継ぎ中東経由で日本に到着するのは、時差もあるためまる二日経過した後の木曜夕方だ。

 ため息をいて本を取り出したところで、後から来た男性に「失礼」と声を掛けられた。


 空いていた奥の座席の客だろう――と見上げると、目の覚めるような美しい漆黒のはだ

 シャツから突き出た腕の逞しい形姿フォルムには一ミリの無駄もない。私が立って空けた道を通って奥の座席に収まるとだ我れ独り尊しと云う風情で、周囲に目もくれず開いた本を読みだした。頭からかぶったヘッドホンは音の外に洩れないタイプで、彼が何を聴いているのかは判じ得ない。


 ブラジルでは様々な血の混じった褐色の膚の人を見ることが多いのだが、彼の血筋は奴隷船から降り立って以来数百年の長きにわたりアフリカの大地から伝えられた純血を保ち続けているかに見受けられる。つい見入ってしまったが彼は私の無神経な視線など気づかぬ風に、ライトの下に黒く輝く膚を惜しげもなく晒した。


 日系人も含めて様々な民族の移民を多くの地域からあつめたブラジルでは長年の間に血を交わらせて、人種の坩堝と呼ぶに相応しい社会を形成している。そしてこの、複数の血を享け継ぐ人たちの存在は人種間の架け橋となって、例えばアメリカ合衆国では兎角先鋭化しがちな人種間の差別や確執を幾分か和らげる役割を果たしているように思える。


 ブラジルで人種差別がないとは云わない。まことに残念ではあるが、およそ此の世の理性的存在者にして差別意識から無縁でいられる者などはいないのだろう。


 差別意識は人の心に刻み込まれた本能なのだと思う。

 自分より優れた者、恵まれた者を妬む心。自分より劣った者を嘲笑あざわらい嫌悪し、あまつさえ蹴落とす心。異質なものを恐れ警戒した末に敵と見做す心。悲しいかなその心の種子は誰の胸の奥にもかくされていて、不図した拍子に萌芽がむくむく茎を伸ばし、猛々しく枝を広げ葉を繁らせ、そのいただきに毒々しい花を咲かせる。花はんと甘い匂いを放って、人も我をも蝕むだろう。

 病根を持つこと自体を恥じる必要はあるまい。むしずべきは、自らに点瑕なしと信じて毫も省みることない慢心だ。


 斯く云う私も自らを省みれば、醜い差別意識に縁づいた狭小な矜持や畸形の愛憎が如何に際どく隠れていることか。

 殺し屋稼業の私が云うのは笑止だろうが、人はみな自身の罪にいま少し自覚を持っても良いと思う。



 サンパウロでは国内線から国際線カウンターまで長い距離を歩かされた。すれ違う人々の顔はバリエーション豊かだ。白人、黒人、インディオ、日系人に中東系……そして最も多いのは、それらが溶け合わさったような容貌の人々。

 途中、土産物店にはサッカーブラジル代表のユニフォームが吊られている。カナリア色のユニフォームを着て活躍する選手には、その体に幾分か黒人やインディオの血の流れていない者はいない。母国では英雄ヒーローの彼らも、欧州のチームでプレーする際には差別的な罵言に晒されることがあるのだと聞く。


 はだの色による差別にピンとこない日本人だが差別の悪疫から免れているなどとゆめ慢心してはなるまい。

 被差別部落の歴史は、差別を生み出す人間の業の深さを我々に思い知らせて餘りある。更に云うなら学校に於けるいじめなどは、最も歪んだ形で差別の本能が子供たちに表れた姿だろう。

 弱い者を踏みつけるのが、人間が生きていくため必要な本能なのだろうか。集団と異なる者をいぶり出して、身勝手な理屈で価値の優劣をレッテル付けて、謂われなき優越感に浸ることが、心豊かに生きるため人間には必要と云うのだろうか。


 せっかく人を愛する本能が人には与えられているのに、同時に我々には人を憎み蔑む本能が与えられているようだ。だがここで自然をにくんでも致し方あるまい。我々が想いを致すべきは如何に人を愛す本能を発揮し、人を蔑む悪弊を遠くへ追いやるかだろう。


 その点、ブラジルの人々の実践から日本人をも含む世界の諸民族が学ぶべき処はすくなくない。

 彼らの内にも差別や確執のあることは論をたない。醜い心も、まして犯罪は軽犯罪から殺人までを日常茶飯事とする国だ。それでも、同じ街に住み同じ組織で働く様々な人種・民族は反目よりも融和をよしとし、憎むよりも愛し、共に楽しむことを第一としているように見える。その融和の象徴がサッカーであり、ダンスであり、祭りであるのだろう。

 この国では、かつての征服者のすえと奴隷のすえとが結ばれて一家を営み、民族浄化から避難してきたユダヤ人とナチスの残党とが共存しているのだ。


 遠ざかる南米大陸の灯を眼下に見ながら想った。

 近頃ハリウッドなどでつとに見られるように、膚の色や人種の違いについて触れることを避けるのも一つの道ではあるだろう。だが目指すべきゴールはその先にある筈だ。

 違いを無いことにして目を逸らすのではなく、違いを認めたうえで両者が互いに相手を尊重すること。



「みんなちがって、みんないい」

 皆がう云ってわらえる世界が来るとい。




(ブラジル編 了)


※次回からはチェコ・オーストリア編


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