第15話 四日目① ~ミサ・日曜市~


 昨日に続いて今日もオフ。クリスティナさんもお休みだ。

 時差呆けが直らないまま妙にだるい朝を過ごした後、ホテルを出て街の中心部へ向け歩きだした。


 日曜の朝、街は静かだ。

 路上生活者たちも幾人かはまだ布にくるまっている。すぐ横では枕を並べて犬が二頭寝そべる。その脇を、ジョギング中の女性二人組が通り過ぎた。二十代ぐらいか、健康的な肌に汗が輝いている。

 小さな子供と手をつなぐ両親や老夫婦などがれ立って歩くのが目立つと思ったら、彼らは教会の中へ入って行った。日曜午前と云えばミサなのだろう。お邪魔しようかとも思ったが、その先に大きなカテドラルが在るのを思い出して、そちらへ向かった。


 歩くうち公園の向こうに見えてきたのはゴシック様式のカテドラル。正面左右に二つの尖塔がそびえ、比較的装飾の少ない壁面はすっきりした印象だ。


 中に入ると、祭壇の上には聖母子のステンドグラス、壁には聖人や、やはり聖母子の彫像に、数々のキリストの奇蹟を描いた絵画。

 神がくれぐれもと禁じた偶像崇拝には当たらないと云うのか、カトリックの教会では聖母子を始めとする彫像や絵画が壁一面に置かれて、こう云うと不謹慎かも知れないがプロテスタント系の教会と比べると見ていて格段に楽しい。


 ギリシア・ローマの豊かな芸術をけ継いだ南欧人には、それらを捨て去ることは出来なかったのだろう。流石に神そのものを画にするのは憚られると見えて、神は光で象徴されるのみにとどまるのが一般的だが、三位一体の図像には「父」が描かれるなど、その神学のおしえる可否の線引きは門外漢にはよく分からない。

 そんなことよりも、聖母子の像の美しさに陶然となって無邪気に祈る人々の姿に私は感銘を受ける。偉い学者や聖職者たちがどう解釈しているのか私は知らないが、人々の素朴な神への愛を、天にします聖なる父もよみせられるのではなかろうか。


 ミサは司祭の説教に合わせて人々が立ち上がり、ひざまづき、唱和し、歌って進んだ。私も見様見真似で周りに和した。やがて喜捨を募るはこが廻ってきてめいめい紙幣やコインを入れた。紙幣といっても小額のものは五十円相当なので、そう大きな額ではない。集まった額はミサにかかるついえをやっと賄える程度だろう。


 ミサが終わると列に並んで、司祭の手づから口に聖餐を咥えさせて貰う。背中には二階のパイプオルガンが奏する讃美歌が届いて、キリスト教徒でない私まで幸福感に包まれた。



 カテドラルから出たあと、日曜市の並ぶ石畳の通りを歩いていく。革、織物、玩具……各種の手工芸品を置いた屋台が並び、公園ではパステウや砂糖黍ジュースを売る屋台がい匂いで人々の鼻腔をくすぐる。

 すこし外れたところには様々な大きさの画が立て架けてあって、その脇で画家たちが暇潰しの雑談に興じている。

 さらに進んだ先ではインディオの親子が道端に麦藁細工をひろげている。


 パステウには心惹かれたが、ここで腹を膨らませてしまうと昼食が入らない。カテドラルの直ぐ傍にあったドイツ風のバーが気になっているのだ。一通り日曜市を廻った後で、スタート地点まで戻ってバーに入った。


 大きなテディベアが迎える入口の先は半地下になっている。薄暗い座席で地ビールを注文しようとしたら、「スブマリーノ」が名物だと勧められた。名物と聞けば試さねばなるまい。

 やがて運ばれてきたグラスのビールジョッキの中には、陶器のミニジョッキが沈んでいる。成る程潜水艇スブマリーノだ。ミニジョッキの中に隠れているのはアルコール四十度のウィスキー。一瞬怯んだが、多少酔った処で今日はオフだと肚を括った。


 料理はドイツらしくソーセージやポテト中心、塩胡椒とケチャップの素朴な味つけで幾らでもビールが進む。

 ウィスキーの溶けたビールは意外と飲み口がやさしく、美味しく飲めたのだが、アルコール四十度は甘くはなかった。三杯目で気づいたが時既に遅し。ふらふらしながら店を出る羽目になってしまった。


 酔い覚ましに、午后二時を過ぎたばかりの下町を心許ない足で歩いてホテルへ向かった。日曜は休んでいる店も多く、人通りは少ない。閉じられたシャッターやビルの壁には彩りも賑やかな落書き。


 歩道の端に落ちたパンの食べ残しを拾いに雀が降りてくる。と思ったら、小鳥の羽根は鴬色をしていた。別の小鳥が低木の間から跳び出て来たので今度こそ雀かと思ったら、羽根が烏のように黒い。小鳥一つ取っても、日本とは異なるのだ。


 日本では見ない鳥のなかに、狂暴だから注意するよう云われたものがあった。その名も「ケロケロ」。名の由来は鳴き声だそうだ。ケロケロ鳴くから「ケロケロ」――単純でいい。(ポルトガル語で「ケーロ」と云えば英語の「I want」に相当するので、欲張り感を醸し出す名でもある)


 その姿はカササギに近い。飛ぶより草っ原を歩いては地の餌をついばむ。子育てシーズンは特に狂暴で、相手が人だろうが犬だろうが盛んに威嚇する。威嚇で広げた羽根の色は薄墨色に、黒と白。幾羽か集めてその羽根を並べれば、南の夜空に流れる天の河を渡す橋にはなりそうだ。


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