第14話 三日目② ~郷土料理・フットボール~
楽園の光景に陶然としているうち次第にまた人家が増えて来た。彼らの
車内を
いつしか列車は速度を緩め、ゆっくりゆっくりと小さな町のなかを進んで、やがて王者のように駅のホームで停車した。
駅の名はモヘッチス。外港のパラナグアまではまだ距離があるが、見晴らしのよいルートはこれまでだと云うのか、観光列車としては此処が終着駅だ。
時刻は午后一時。千切れた綿菓子のような雲の浮かぶ青空が眩しい。クリスティナさんに連れられ、町へと向かった。
町のレストランは何処も賑わっていたが、特に待たされることもなく席に案内された。メニューは一択、バヘアード。此の地の名物なのだと云う。
やがて壺に入ってやってきたのは煮込んだ牛肉のスープだ。これにキャッサバの粉をかけて固め、白飯と焼きバナナとともに食べるのだ。
肉はコンビーフ風に柔らかくほぐれている。味付けはあっさり、こころもち
だが今日は此れで終わりとはいかない。最後に越えねばならない壁がある。胸に
心に積もった罪を償うためには破壊力満点のブリガデイロしかないだろう。ブリガデイロとはチョコレートにコンデンスミルクを練り込んだ逸品。太陽の国ブラジルの、渾身のスイーツだ。
その姿は、トリュフチョコ或いはチョコレートボンボンに比すべきひと口サイズが一般的だ。
だが今回は、より凶悪な半液状ブリガデイロを敢えて所望した。ほぼコンデンスミルク、チョコレート風味。荒々しいほどの甘さは口腔内
贖罪を済ました心地でふっとレストランの下を流れる川を見下ろした。其処に見えたのは田舎の平和な休日――子供は水遊びに興じ、大人はカヌーに遊ぶ。
川にかかる橋から地元の子供たちが次々に飛び込んでいる。数メートルの高さは度胸試しとしては危険度が高いようにも思えるが、彼らは敢然と落下に身を
まだ楽園の夢から覚めていないと錯覚させるような、素朴な町の
* * *
帰路は列車を使わず、クリスティナさんの用意していた車に乗って帰ることになった。
列車で四時間かけて下った山越えの旅が、車だとあっさり二時間足らずだ。時間の浪費と思われる程に非効率な列車旅ではあるが、それこそが人生の贅沢なのだと思う。
だが帰り路の風景は見逃してしまった。
時差呆けと睡眠不足と仕事の疲れに、満腹感まで加わった体は睡魔に抗いようもなく帰りの車中でずっと眠りこけていたのだ。睡眠不足は同様の筈なのに運転して戴いたクリスティナさんには
更にホテルで三時間眠った後、夜は海鮮料理の店へ。
頼んだ料理はムケカ。先住民の料理の影響も受け出来上がったブラジル伝統料理で、海鮮シチューと云った趣だ。猛烈に熱せられたシチューは土鍋のなかで
但し、シチューとしてそのまま食べるのではなく、大抵は
珍しくぴりっと辛味の効いた味だ。一体ブラジル人は辛味が苦手と見えて、日本人には味付けが物足りなく感じることも多いのだが、この店のムケカの辛味はほどよい。
海老にムール貝、烏賊や蛸がごろごろ入って賑やかだ。スープはどろっとして濃い。
結局はまた食べ過ぎてしまった。
今日のビールはアイゼンバアン。ブラジル南部に多くいるドイツ系移民のビールらしい。(アイゼンバアンはドイツ語で「鉄道」の意。瓶のラベルには機関車の絵が描かれている)
外が
海外に出ればそのような場面に
今夜はフットボールの試合があるのだそうだ。
クリチバに三つあるクラブチームの一つが今日はホームゲームで、云われてみれば客の多くは赤と白の縞のユニフォームに身を包んでいる。
今の大騒ぎは丁度ゴールが決まったためらしい。情熱の国ブラジルでは歓喜を表すにも全身全霊だ。どさくさ紛れに一人や二人は殴り殺されていても気づかないのではないかと思える。だが日本なら警察が飛んできそうな一見不穏な大騒ぎにも、クリスティナさんは至って平然としている。彼女の贔屓は別のチームらしい。
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