第7話 都内、鹿野迷宮邸⑥

「考えたんじゃけどなあ」


 家焼肉を終え、コーヒーを飲みながら鹿野かの迷宮めいきゅうは言った。


鈴井すずいくんって言うたか。あの子な、に選ばれたんじゃ思うんよ」


 煙草を吸うために庭に出ようとしていた不田房が、弾かれたように振り返る。使い終えた皿や茶碗をキッチンに運んでいた素直も、思わず手を滑らせそうになった。


「な──なん、それ……」

「突然なんじゃ、て思うよなぁ。俺もじゃ。じゃけど、ちいと調べてみただけでも」


 まあ。出るわ出るわ。

 そう言って口を噤んだ迷宮が、コーヒーカップにくちびるを付ける。


「何が出てきたっていうんです?」


 煙草を吸うのをやめたらしい不田房がリビングに戻ってくる。皿と茶碗を流しに置いた鹿野も、駆け足でリビングの定位置に戻った。迷宮の愛犬・チョッパーは彼の椅子の下で気持ち良さそうに眠っている。


「野上神社」


 迷宮が、短く言った。


「もともとは芸能の神さんが祀られとる、いう触れ込みだったそうじゃが」

「江島神社みたいな?」


 芸能関係、芸道上達といえばやはり弁財天、弁天さまが頭に浮かぶ。琵琶も持ってるし。


「弁天さまの神社とはちぃと違う……もっとこう、直接的な」


 語りながら、迷宮の手が空を切る。何かを形作ろうとしているような──ぐるぐると不安定に動く父親の手。鹿野も不田房も、首を傾げる以外のリアクションを取れずにいる。


「でもまあ、言うたらよ──地元の人しか知らんようなこまい神社じゃし」

「ルチアや、あのビルが建つ前にあった野上神社の話ですよね?」


 確認する不田房に、迷宮はゆっくりと首を縦に振る。


「あんまりこまいもんじゃけえ、周りの人間があっこにおるんは神さんじゃーって勘違いしとった可能性も……」

「何を、勘違い、する要素が」

「じゃけえ」


 迷宮が、ぎょろりと目を剥く。


「野上神社におるんは最初っから神さんじゃのうて化け物バケモンじゃとしたら」

「市岡神社の狐と相性が悪いのも不自然じゃなくなるってこと? あっちの狐は、一応神さんってことになっとるし……」

「これな」


 迷宮が一瞬席を立ち、自身の書斎に消えて行く。数秒後には、タブレットを手に戻ってきた。


「野上神社に奉納された」


 差し出される液晶画面には、何人もの人間の姿が映し出されている。モノクロのものがほとんどだが、カラー写真をデジタルに取り込んだと思しきものも少なくはなかった。


 欠けている。

 すぐに気付く。


 左耳がない。


 右目に眼帯をしており、血が滲んでいる。


 右手首の先がない。


 左手の指が全部ない。


 写真に写る人間全員から、何かが、欠けていた。


 だが彼、彼女らは笑顔である。

 不自然なほどに満面の笑みを浮かべている。


「お父さん、どこでこれを……」

「不田房くんにお父さんと呼ばれる筋合いはないが、まあ今日はええわ。この写真の出所は」


 株式会社イナンナ及びイナンナの前身である芸能プロダクションで働いていたマネージャーたち。

 マネージャー自身、もしくはその身内、知り合い、きょうだい、友人など、とにかく何らかの関係者。


 それが、この写真に写る『欠けた』人々の正体だと、迷宮は言った。

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