天使描写



「いや、これ露悪的に描きすぎでしょ。もっとリアルに書いてよ」


「はぁ……」


「普通に考えてさぁ、こんなに最低な餓鬼いる? あと全員陰湿。子どもってもうちょっと単純じゃない?」


「でも、そういう子もいると思いますが」


「あ〜……まあそういう環境とかだったら分かるけど、これ全員やってたかってやってるじゃん。そして裕福で両親もいるし虐待の描写もない。そんな子どもたちが昼間から、ホームレスにちょっかいかけるかねぇ。仮に女の子だったら分からなくもないけど、それでもこんな暴力的にはならないと思うなぁ」


 この人も……か。


 そういう言葉を聞くたびに、大きなため息。つきたくなる。


「先生、それに男の子があまりにも暴力的で、しかも陰湿だ。やれリーダーがいるとか縦社会だとか。これではまるで少年ではなくて、小さいオッサンだ」


 事実だろ。男っていうのは子どもの頃から縦社会だろ。リーダー、副リーダー、中間、少し下、ドベ、なんていう順位を知らず知らずに決めている。


 下になってしまった奴は、言い過ぎかもしれないが、そのグループでは発言権とか行動権とか、人権が無いような扱いをされる。それが分からないかこの人は。


 女の人だったら分からなくもない。

 こういうことを言う奴はよくいる。

 男でも女でもだ。女性蔑視発言なのではないかと思うがこれはなぜか許されて批判されないでいる。


 俺が昔の頃は漫画しかり、テレビ番組しかり、男性は少年の頃は純粋で、時々そうじゃない大人びたような奴が出るけど、そいつは大体、嫌な奴だ。


 子どもの頃はなんとなく見ていたが、今思えばアレなんて徹底的に少年性を重宝していた。男子は純粋たれ、と。


 もちろん、そんなことを考えている人なんて、恐らく僕しかいないんじゃないだろうか。


「先生、聞いていますか?」


「あ……すみません……聞き逃していました」


 ッチ


 なんとなく、舌打ちが聞こえたような気がした。まあ、そうされても仕方ないよな。

 こんな奴に聞いてないとされちゃあ。


「あの先生、零先生、これでも私は十年以上は出版業を生業としています。もっと私のことを信用して欲しいです」


 ん? だからなんだ?


「えっと、それはどういう意味でしょうか」


「人のアドバイスは素直に聞くものですよ」


 全身から血の気が引くのが分かる。

 寒気までしてきた。

 あ〜あ〜嫌な言葉が出た。素直に聞け。


 あくまで僕の経験則なんだけど、その人の素直に聞けってつまりこういうことなんだよね。


『俺、もしくは俺が尊敬する人の言うことは聞け』


 なあ、それってアリか?

 結構、卑怯な意味だと僕は思うけど。

 中には本人が自覚していない場合もあるから怖い。


『あいつは頭がおかしいからだめだ』


 なんて言いながら、素直に聞かない人ほどそう言う。なまじ仲間がいて賛同しているからさらにタチが悪い。


 そのまま、担当編集者の話を流し聞きしていると、打ち合わせは終わった。

 結果は当然ボツだ。






「何がいけないんだろうな」


 びゅうびゅうと、風が強く吹いている。

 そんな中、歩く町はかなり寒い。風で肌がカサカサしてくるのが分かるし、手がかじかんでいく。まだ冬が始まったばかりだというのにこの寒さ。これからどうなるんだろうな。


『男キャラが全体的に陰険』


『少年たちの距離が近すぎないのは良いけど、逆に遠すぎてリアル感がない。もっと読者を意識して無邪気に、元気に描くようにする』


『少年の思想が妙に生々しくて気持ちが悪い。そこも読者を強く意識する』


 なんだよ、読者を意識するって。

 少年は純粋です、とセルフアピールするのが読者を意識することかよ。


 ……いや、そうなんだろうな。

 女性キャラと違って男性キャラをそういう風に描いて批判するような奴はまずいない。


 女性はまあ男の子ってこういうもんだ、となるし他の男性も、子どもでもムカつく大人をぶっ殺す姿にあこがれるだろう。


 だから、少年性の無邪気さやら元気さを誇張するように描いてもだれも咎めないのだ。


 いや、むしろ全員受けいれたりするのではないだろうか。そんな雰囲気さえある。

 

 だから平気で少年が血を流して戦い、凶悪な大人をぶっ殺したりするのがよく描写されていたんだ。

 

 でも今の漫画でそれやられてもなぁ、せめて青年期あたりの主人公なら違和感ないんだけどな。


 女性キャラはかつては男に都合が良い存在、男の妄想、なんて言われていた。まあ、漫画家の名前が名前で、少年誌、なんて名前だからそんな風に捉えられるのだろう。


 でも本当はその言葉は正確ではない。

 女キャラもそうだけど、男キャラだってそうだ。少年たちやその漫画家がカッコいいと思う男を描くから男キャラも男に都合が良い、と言える。


 だけど世間は女キャラに牙を剥いた。

 だから、従来の女性キャラの要素は薄まり、少し強くてカッコいい女性キャラが多くなった。


 まあ、流石に華奢な女の子が大男を投げ飛ばしたり圧勝するのは、男性だけでなく女性も嫌がるからだろう。

 

 顔つきが少し男性寄りになりがちになったり、だらしがないとかズボラで整理整頓できないとか、従来の漫画的な女性の要素を崩し、むしろリアルに近づける。又は胸が大きくも小さくても、異様に発達した腹筋があったりするなどしてその違和感を払拭させたりした。


 もう最低でも少年誌ではお姫様を夢見る少女は減った。男に守ってもらうではなく、男と背中合わせで戦う、そんな友情と愛情が混ざり合う形がとられるようになった。


 大体、大人気ゲームの映画でも姫が助けられる対象ではなく思いっきり戦うキャラになった。


 蛙化現象なんて言葉も過去にあった。

 あの言葉はグリム童話のカエルの王子様の話からとった言葉だ。王子様になったらむしろ嫌悪してしまう。


 そんな場面を表す言葉を扱うことからもう女性が王子様を求める時代は終わっていると見られる。


 そして僕もそっちの方が好みだ。


 読み切りの時も、審査員から女性キャラの造形、性格などがバリエーション豊かで且つみんな魅力的だと評価された。

 

 中にはこんなに多くの女性キャラをメインに出してみんなそれぞれの魅力があるなんて信じられない、という言葉もいただいた。


 ヒロインが八人で全員が魅力的に見られたのは素直に嬉しかった。その日は嬉しさで眠れなかった。しかし、自分の担当になった編集者は……


「零先生、もうちょっと男キャラに力を入れてくれませんかねぇ」


 という言葉だった。初めはなんだそれ、と思ったが納得せざる終えなかった。

 

 なぜならラブコメでも無いのに、バトルなのに女性ばかりが魅力的で男性キャラはいまひとつなのだ。


 ならラブコメを描かせてくれと言ったら、それでも男性キャラの魅力が足りない、ということだ。少年誌だから読者は少年が見たいのですよ、なんてアドバイスをもらった。

 

 その時は、まあ納得できたがやはりあの編集者の言うことは分からない。何がダメだというのだ。


 もっと勉強してください、ということでさくさんの漫画本や映画DVDを頂いた。初めは自分が持っている本で付箋がついていた。それをふむふむ、なんて見ていたが途中でギョッとした。


『少年たちの天使の楽園学校』という名前の映画だった。だけどその内容に驚きを隠せない。


 その内容をひとことで言うならブロマンスモノであった。

 これは流石に違うんじゃないか? と思ったが、担当編集者によるとこれは少年をよく観察して作られている、とのことだった。

 

 見てみると、はっきり言えばごく甘すぎる。砂糖をふんだんに使いに使いまくってドロドロ流れるほど甘い物語だった。あまりにも甘すぎて少食気味になった。


 その映画では少年たちとされる子どもは六歳〜十八歳とする。つまり小学生から高校生までの年齢だ。


 そこで友情を育み社会に出て、色々な困難に立ち向かう、という内容だった。

 

 あらすじだけ見ると、少し面白そうな気がした。だから見たが想像と全く違うかった。


 まず、僕は社会に出てからが本番だと思っていたので少年たちの学園生活は全体の二割程度だと思っていたが、見ると七割が学園生活であった。


 初めは、こんな純粋な少年がいるのか? なんて思いながら見ていたが、あまりにもベタベタくっついている描写が多かった。

 

 しかも、裸になると高校生の股間を見て呆気にとられる小学生中学年お少し恥ずかしがっている高校生男子の場面なんて、俺は何を見させられているんだ? と思った。


 無論、僕はそういうことを思われたことは無いし、そういう自然を向けられたこともない。むしろ見てみろ、みたいな感じではしゃいでいた方だったから尚更分からなかった。


 むしろ、同性同士の恋として見るなら、何も違和感が無かったが、これを少年の感情として描かれているのが、どうにも僕はなんか分からないけど嫌だった。


 そして、いよいよ学園生活が終わり社会に出ると、やっぱり世の中の男子は、自分たちとは違う。攻撃的で淡白で少し下品であった。その下品さにその少年たちは顔をしかめると「お前、何機嫌悪くなってんの?」「エロ話さえできないの?」「え? お前ゲイなん?」などと揶揄されたりする。

 

 男のそういったノリか分からず、冗談だと捉えることができないから怒ると「え、冗談に決まってるでしょ。何キレてんの、正直言って怖いんだが」なんて言われる。


 それによりますますキレて相手を怪我させてしまう者もいた。


 最終的には、再会した少年たちが集まって一緒にシェアハウスして暮らしし始めて終わりだった。


「なんだこれ」


 思わずそんな声がもれてしまった。


 そこで担当編集者の次の打ち合わせで、その映画の感想を求められた。

 少しだけ担当編集者に罪悪感を抱きながら自分には何も分からない、何も響かなかったというのを内容をふまえて、事細かに伝えていった。すると、途中から気づいたがその担当編集者がニヤニヤしながら聞いているのだ。まるで思惑通りと言うように。


 気持ちが悪いし居心地も悪かった。

 自分が勧めてきたものを酷評してるのに何ニヤニヤしてるのかと。もしかしたらこの人はわざと僕をこんな気持ちにさせたのかとも思った。しかし、それが何のためにと問うと答えは分からなかった。


 一通り話し終わった時だ。


「気づいていますか、零先生」


 担当編集者は急に手を組み机の上に置くと真剣な顔で僕を見る。


「何をですか」


 僕も何に気づいたか分からなかったので聞いた。内容を思い出しながら何か見落とした点でもあったか一生懸命に探した。

 

 すると、そいつは僕に人差し指をさして言った。


「先生、今あなたは『少年たち』と『男』というのを分けて言っていましたよ、と」


 初めは何を言っているのかと思ったが、振り返って見るとその通りであった。


 担当に話している最中、僕は学園内の男の子を少年たち、外の世間にいる男性を男と表現していた。まるで少年と男というのが違うかのように。


「これです、先生。これが少年なんです」


「しょう……ねん」


「はい、少年というのは女性を見ても性的な感情を抱かず、鼻血も出さなければ鼻の下も伸ばしません。勃起なんてもってのほかです。少年というものは女性を性の対象もして見ておらず、ほとんど眼中に入っていない。友だちやライバル、尊敬する師や先輩、そういう人たちにしか感情が向かない。そしてそこに上下関係なんてものは無い。これは先生も分かるんじゃないですか? 少年漫画の主人公は大抵、金や名誉や地位には興味が無いです。だから相手からの失礼な態度も許します。もちろん主人公が失礼な態度をしてしまうこともありますが。それにより最終的にはみんなが仲良くなるんです。それの手段はケンカや決闘、あるいはスポーツの試合で、敵、そして味方としての友情を育むのです。昨日の敵は今日の友。昔ながらの少年漫画でありがちな展開です。今やってもそれは受けます。というか最近少なくなってきているので受けます絶対に。ですから先生にはそういった物語のキャラクターを描いていただきたいのです。他の作家も候補はありましたが、先生の作品が一番、男性キャラが男男してなかったんです。少年に近い存在であった。だから先生、『少年』漫画を描いてください。これらを踏襲して」


 バカな、こいつは何を言っているんだ。


 男キャラの男性的要素を抜かして描けと言うのか? それは最早、男と名状できないぞ。

 しかも、同性に恋愛感情を抱いているわけでも無いからゲイとも言えない。

 もちろん、身体などの関係で女とも表現できない。


 まるで、それこそあの映画の題名のように天使を描いてくれと言っているようなもんだ。はっきり言えば描きたくない。


 だから、なんとかして天使を描かせることをやめていただきたいが中々、担当編集者は、諦めてくれない。正直に言うと縁を切っても構わない。とにかく、人工的な天使を描かせないでくれ。


 そんな抵抗をしながら指示されたことを自分なりに描いてはボツ、描いてはボツの繰り返し。この出版社は何をしているんだろう。


 こんな奴が蔓延っているならもう終わりだろ。


 そんな日が続いていた時だった。


「担当が変わります」


 突然の担当の終わりだった。


「実は私、別な部署になってしまいまして……編集者には挑戦の意味でいかせるらしいのですが。何やら絶対お前に向いていると言うことなので、不本意ですが……申し訳ありません」


 正直、安心した。やっと解放される。

 

 まあ、そんな態度を取るのは失礼だからしないが内心小躍りするほど嬉しい。

 しかし、気になるのはどうして部署がどこか言わないのだろう?


「あの、どこの部署に移動になったんですか」


「それが、女性誌です。昨今、少年漫画にも女性編集者を用いるようになっているので、女性誌もそういう傾向にした方が良いということでまずは私などがいくことになりました」


 納得した。本人は不本意そうだが悪いけど合っていると思う。




 








 そこからしばらくして別の担当者になった。


「よろしくお願いします、西島です〜」


 挨拶を聞いただけでも気のよさそうな人だった。そして、前担当者の人、どうでしたか? みたいなことを聞かれて、少し話をぼかしたが「もしかして、見せられませんでした? あの映画」と言われてあの天使の映画のことを言ったのでビックリした。


 そこからあの人は前から問題だと新人編集者の中では噂を立てていたらしい。しかし、半ばベテランであるから中々言うことができなかったということだ。


 他の編集者は実績があるから信頼して、当の本人は僕の担当はバリバリやる気だったから困っていたらしい。


 色々あっちも大変だったんだな、なんて思ったがここから先は自分が好きなキャラをある程度、描かせてもらえると思った。

 

 その後はしばらく前担当者の悪口や噂話や過去の問題行動などで盛り上がった。やはり悪口、悪口は全てを緩和させる。それによってすっかり打ち解けた。軽く打ち合わせ、ということで、今の時点で終わらせている原稿を見せた。


 まともな編集者だからまともな反応をくれる、と思っていた。


 しかし、読んでいる内に西島さんから笑顔が消えた。そして何度も何度も同じページを繰り返し読んでいる。眉間に皺を寄せて険しい顔だ。なんだろう、何か嫌な予感がしてきた。そして、審判を下すかのように原稿用紙を、とん、とん、と地面で均した。


「えっとですね〜……」


 この時点で分かった。あまり良くないのだと。

「あの、ちょっと……男キャラが……」


「なんだって!?」


 思わず立ち上がってしまった。前回なら引き続き今回の担当者も、ダメ出しなのか!?


「その……なんて言ったら良いんでしょうか……男キャラがちょっと……」


 なるほど、そういうことか。

 やっぱりあの無能編集者の所為で、男キャラにリアルさが全くない、幻想じみたキャラになっているということだな?


「すみません。あの、担当がこれまでだっただけにちょっと男キャラが幻想じみたものになっているのかもしれません」


 急いで描き直そうと、西島さんから原稿を返してもらおうとした。しかし、西島さんは制止するように手を伸ばした。

 

「いえ……すみません、違います……男キャラが、というより全体的に男キャラの魅力が無いんですよ。リアルすぎて」


 は? 何だって? 今、この人は何で言ったんだ? 

 

 僕の表情で何が言いたいのか察したのか、西島さんは慌てて首や手を横に振って弁明し始める。


「あ、いえ。女キャラの方はいい感じのリアリティが出ていて良いんですけど、男キャラはリアル過ぎるというかなんというか……読者を全く意識していないんですよね。なんていうか、ノリがリアルすぎて気持ち悪くて」


「ノリ、ですか?」


「はい、例えば主人公やその友だち、相棒キャラとかが大人数の男性でボーイズトークというかエロ話をしたり、しかもその話がまた女性が見たら嫌がるようなもので」


「でもこれ少年誌ですよね」


「はい、そうですそうなんですが……あとはクラスで人気の女子を見ると鼻の下を伸ばすような、その描写も今はアウトですね。女性読者がドン引草、下手すれば女性蔑視や何やらで抗議の電話や署名なんてなんてのも」


「え、いや、それはそちらで……というよりそんなにダメなんですか? 男性キャラが美人の女子の前でデレデレするのが」


「はい……そうですね」


「でも私の読み切りのバトル物でのヒロインの中には、男に弱くて毎回男によく騙されるけど腕っ節が強い美人のお姉さんキャラがいますけど、それは大丈夫なんですか?」


「あ、はい。それは大丈夫です。なぜかというとそこら辺はリアルと幻想が絶妙に混ざってリアリティになっているからなんですね」


 何だ? 何を言っているのか分からない。

 僕がどういうつもりであのキャラを描いたかというと、新しい形のヒロインで嫌われ役かもな、と思いながら描いたキャラだ。

 絶妙なリアリティとはどういうことだ?


「イケメンの男が好きで、酒好きでダメンズに捕まう美人という名の女性としてのリアル。そして毎日、筋トレとかをしていて腕っ節が強くて、主人公が勝てない超巨漢の男との腕相撲に、辛くも勝利するという女性の憧れという名の幻想とリアル。そこら辺がいい感じに混ざっているから良いんですよ。だからこのキャラは男女交えた人気投票で一番人気でした。あ、ちなみに男女交えてというのは、編集者で結婚している者もいまして、その奥さんとかにも見てもらったりしてました。もちろんこれは極秘ですけど」


 何!? あのキャラが人気? 信じられない。いや、待てよ。でも


「あの、男キャラの主人公も結構、女性が大好きですが、決めるところとかカッコよく決めますし、なんだかんだでヒロインも助けますし、それに結構、戦闘シーン、自分では良いと思ったんですが」


「あ〜すみませんダメです」


「ダメなんですか!?」


「はい、女好きという設定がダメです。というより作中で女性の尻を触るという行為とか今はダメです。女性蔑視とかの講義が出る可能性があります」


「いや待ってくださいよ。他の漫画でもっと過激なのっていっぱいあると思いますよ? 僕のそれがダメならそれらなんて販売禁止レベルでしょ」


「まあ、たしかにその理由とは限りませんが、その描写の漫画がもう発行していない例はいくらでもあります。しかし、何だかんだで発行されている過激描写がある漫画は、女性のセクハラを描いてません」


「いやそれでも男性器じみたのを描いている漫画もあったじゃないか」


「それは問題ありません」


 はぁ!?!? ダメだリアルに混乱してきた。この人が言っていることはめちゃくちゃだ。まるで女性は良いけど男性はダメだ、と言っているように聞こえる。


「あの、すみません。まるで女性のそういう性器の描写はダメですが男性の性器の描写は良いように聞こえるんですが……」


「あ〜〜〜……はい、そうですね。そういう風にはなっているかもしれませんね。大体、昔は少年が丸出し状態もありましたし。今は男児でそれをやるのはアウトですけどね。抗議とか来るので」


「え、待ってください。もしかして男性の性器が出た時は抗議が出なかったんですか?」


「あ、はい。深夜アニメという形であったこともあり抗議されませんでした。男児の丸出し状態は夕方だったり、ゴールデンタイムに放送されていますから、子どもが真似するということできました」


「でも、今は国民的に大人気漫画やアニメでも深夜に放送されるのもありますよね」


「深夜、といっても十一時台です。さっきのような漫画のアニメはもう深夜一時半や二時台に放送されてます。アニメ好きじゃない限り見ません。あ、録画とか配信とかもありますが、そこは親が子どもたちに内緒で見る感じですね」


 何だろう、だんだん何を話しているのか訳分からなくなってきた。話を戻したい。えーと、どこまで話したんだ?


「とにかく、どちらにせよ男性の負のリアルな側面を出すのはNGです。見ている女性読者が嫌がります」


 そうだ、それだ。さっきからその言葉が妙に鼻にかかるんだ。


「あの、要するに女性の機嫌をとれ、ということですか?」


「それは悪意がある言い方です。こちらは女性に配慮してほしいとのことです」


「……少年誌なのに?」


「少年誌だからといって女性の意見や気持ちを無視するべきではありません」


「男性の意見や気持ちを無視するようなことを言うのに?」


「え、何を極曲しているのですか? そんなこと一言も言っていないでしょ」


「いえ、言ってますよ」


 まあダメだ。我慢の限界だ。


「だって男性キャラが女性キャラを好きになってデレデレする感情はその行動だけで絶対に認められないのに、反対に女性キャラが男性キャラを好きになってデレデレするのは、腕力、あるいは知力とか人間的な魅力とかのプラスとなるものがあれば許される。おしりを触る描写はダメでも男性の性器を描写するのは許される。男性の幻想や憧れは許されないのに、女性の幻想や憧れは許される。これはどう考えても少年や男性読者の気持ちを、ないがしろにしていませんか?」


「いやそれは考えすぎでしょ。特に最後の男性の幻想と憧れは否定していない」


「いや、否定しているでしょ!?」


 そうだよ、俺は小学生とか幼稚園とかのガキの頃、いつもは頼らなかったり、ぐうたらしてたり、女の前でデレデレして情けなかったりしている男キャラが、一度、心に大切な人たちを守ると決めたら、どんなに傷ついても倒れても血を流しても、戦う主人公や相棒の男キャラに憧れたんだ。そういうキャラが描きたかった。なのに、なんで今はそれがダメなんだよ!? ふざけんな!!!!

 

 だが目の前にいるこいつは、呆れた、と言うように大きな大きなため息をついた。


「あのですね、  さん。今の時代、少年漫画はもう男性だけのものじゃないんですよ? もちろん、少女漫画もですけど。分かります? まあ少年漫画もですけど、今、少女漫画を読む男子学生は増えています。もう少し時代に適応しましょうよ」


「だが、僕たちのような成人男性は読むと異常な目で見られるんじゃないか?」


「それは古いですよ  さん。今は成人男性だって読んでますよ。意識しすぎです。誰も貴方とかの人が読んでいたとしても、変な目で見ませんよ。もし、見られるとしたら、それはその男性の不摂生な見た目とかが原因です。つまり、自己責任です。まあ、貴方も少し小汚い無精髭がありますが。脱毛、した方がよろしいのでは?」


 ブヂン、何かが切れる音がした。


「ああ、そうだよな。お前らみたいな女性ファーストの奴らが今の世の中には合ってるんだろうな」


「え? いきなり何を言ってるんですか?」


「お前らみたいなのはいつもそうだ!! 女性に寄り添うふりをしてただの媚びているだけ!! 女性の貶しかもしれない言葉はすぐ刈るくせに男性の貶しになると途端に水を得た魚なのように罵声を浴びせまくる!! 楽しいかそんなに同じ男で自分より下の奴を貶してよぉ!! 現実の世界ではそうなのに挙句の果てには漫画やフィクションでもそうしろって言ってんのか!? ざけんじゃねえぞ媚びを売るしか能のねえガキが!! お前らは現実の男性だけじゃなく、フィクションの男性キャラにまで女に媚びろと言ってんのか!? 成人男性の設定なのに肌がツルツルで別に筋骨隆々でもないほどよく筋肉がついた細マッチョ!! 現実でも男性の脱毛がほぼ当たり前の時代になった。弟や従兄弟とかが脱毛すると言い出して、俺の父親や従兄弟の親がそんなことする必要は無い、と言っていたのを思い出したよ。結局、学校でクラスメイトの誰もがキモいという目を向けてきたから耐えきれなくて、引きこもりになりそうだったから脱毛を始めたんだ。そうだよな!! 男は弱肉強食の世界だよな!! 弱い男は男じゃねえもんな!! 女性の認識はアップデートしてるのに男性の認識は全くアップデートされてねえのなお前らはよ!! だからどんどん女に迎合し媚びて、女のリアルさは受け入れても良いけど、男のリアルな気持ちや言動は一切受け入れないもんな!! 年齢関係なくそういうのを見せてきたら、大体の男キャラは少年じゃなくオッサンになるからな!! だからどんどん男性は馬鹿みてえに性欲が全く無しの清純な王子様になっていく!! ふざけんじゃねえぞお前らてか何ノンキな顔で紅茶飲んでんだスカシ野郎!!」


 こいつ、人が怒っている時にあろうことか紅茶飲んでやがる!! 失礼だと思わねえのか常識ねえのか!?


「ああ、終わりましたか?」


 舐めた口調がまた腹立つ。


「え〜っと……あまり感情的にならないでください。話をする時に感情的になられると話が成り立ちません。もっと論理的にいきましょう」


 誰が感情的にさせたと思ってるんだこいつは。そしてその言葉、かっこいいとか良いこと言ったとか思ってんのか? 


「なんと言いますか、全然関係ない話ですよね。その女性に迎合するだとか、媚びるだとか。私の言ったことをもう一度よく考えてください。私はこう言ったんです。女性読者を想定しろと。そのために男性キャラが女性をいやらしい目で見るような描写をやめて欲しいと言ったまでです」


「……じゃあ、男好きの設定である女性キャラを見た時、男性が不快な声を上げたらどうするんだ?」


「男性が不快? 男好きな女キャラを? きやだな  さん。そんな男性はまずいませんよ。いたとしても、それは女にモテなかった男でしょ? だから男好きという事実に対して不快だとか言うんですよ。まあ、そういう人は女に飢えていて、常日頃おじさん構文するようなキモオタおっさんとか、チー牛? 弱者男性? って言うんですかね。まあ、名称はどうでも良いですけど、そういう人は文句を言うだけで金も出さない連中ですので無視ですね。むしろそういう人たちの要望する女キャラって、正に男に都合の良い欲望のヒロインが多い可能性が高いので、そっちの方が害があるので無視です」


「女好きの男キャラが嫌いな女性も同じような考えの持ち主じゃないのか?」


「いやだな先生、男性と女性、性が違えば身体も考えも全く違うでしょ? 女性は男性から常日頃いやらしい目線を浴びているんです。そんな女性が少し好きになりそうな男性キャラがそういうのだったら、幻滅するでしょ。

今の世の中それは常識ですよ。時代感覚をアップデートしないとですね」


 ああ、もういいやこいつ。ていうか無意識かもしれないが今の語尾、すっげえ上に上がってオンプマークが出そうなほどのポップな感じ。まるでぶりっ子みてえだわ。こいつの人間性、どんな人生を歩んできたか見えてきた気がした。


「ああ……うん。お前さ、昨日俺に今日の打ち合わせのラインよこしたよな?」


「ええ、よこしましたよ? それがどうかしましたか? あ、夜だったのでそれはすみませんでした」


「……お前のライン……結構カタカナとか絵文字、ハートマークとか、あとわざわざ大きな赤いびっくりマークを使っていたよな、あのライン」


「あ〜まあそうですね。まあ私の癖です。それがどうかしましたか?」


「それ、おじさん構文だからな。女性にやったらドン引き間違いなしの」


「……は?」


 あ〜やっぱり自覚なかったか。

 そいつの今までのニヤケ顔が嘘のように消えた。


「あっ……はは……何言ってるんですか? 私は堅苦しくないように、という意思を込めてラインをしただけです。それに対しておじさん構文ってキモいだなんて酷いなあなたは」


 あ、これ多分、他の女性にもやってるやつや。そして、それが原因で振られもしてるなこれ。


「キモいなんて一言も言ってねえだろ。被害妄想で勝手に責められた気になるのはやめてくれないか」


「いやいや、おじさん構文ってそれ自体がもうキモいって言ってるのと同じでしょうなんでそれが分からないんですかね〜これだからすぐ話をずらす老害おじさんは」


「あ〜すみません。では話を戻しましょうおじさんの自覚が無くて平和で楽しそうだというのは全ておいておきましょう」


「あの、最後の言葉、必要でしたか? すみません、私は貴方に何かものすごく不快な思いをさせてしまったようですね。多分、人の言うことを素直に聞けないプライドの高さが原因かと思います。そういうの直していった方が良いと思いますよこっちとしては先生の作品の向上としてのアドバイスをしているのですから。貴方の今の最後の言葉、嫌味に聞こえますよ」


「まあ嫌味であることには間違いありません。話、戻すのではなかったんですか?」

 

「いえいえこのまま聞いてください先生のためですし。人の言うことをまともに聞かず全て自己責任ではなく他者責任として押し付ける姿勢は漫画家や社会人、いえ一人の人間としてどうかと思いますよ。私も至らぬところが色々とあったと思いますそれについては謝罪いたしますしかし貴方は私のたった一度のラインをおじさん構文という侮辱をしましたこれについては流石の私も少し小言をせざるを得ませんさっきからボトボト角砂糖を紅茶に落としているのも大変ムカつきます」


「…………めちゃくちゃ効きすぎだろ」


 ブヂン、何かが切れた音がした。

 

 そこから、そいつは荒らすように何か言葉を捲し立て始めた。何も聞く気がなかったからか何を言っているのか分からなかった。


 なんかいいや、全てが馬鹿馬鹿しい。

 そう結論づけて立ち上がった。


「どこに行く!!!」


「帰るんですよ」


 もう良い、まだ二度目で三度目の正直があるだろと言われるかもしれないが良いや。

 

 きっと俺には漫画家の才能、いや、適性というやつが無かったのだろう。だからこんなに担当編集者と揉めている。こいつがどの程度か分からないが、うまく行っているならきっとそれが今の時代にあった編集者なんだ。


 俺はそれと合わなかった。それだけの話だ。何も後悔はない。


「言っておくが、次の打ち合わせとか後でラインとかよこさなくて良いからな。俺は漫画家になるのをやめる」


 言い放つとあいつがギョッとしたような気がした。


 ざまあみろ。


 そう思い喫茶店の出口を開いた。


 開くとすぐに風が全身をくぐり抜けて爽快感を味わうことができた。


 何かスッキリしたような気がする。

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