第6話 日本舞踊研究会伯継承問題 中

 日本舞踊研究会はその名の通り、日本舞踊を研究している同好会である。研究といっても文献を渉猟し、学術論文を執筆するようなアカデミズムなことをしているわけではなく、幸若舞や白拍子、能楽、猿楽といった日本舞踊を実際に踊ってみよう!というようなアクティブな活動をする同好会である。

 領地は北館南側の三年生文系クラスの教室の一室。他に部室棟の日本舞踊研究会専用室を所有しているが部室棟の部室は領地には繰り入れられない。これは部室というものがすべての部活動・同好会が部活動・同好会であることを示すイコノグラフィーとしての機能を持ち、形式的には他の部活動・同好会の存在を尊重するため不可侵の原則があるからだ。部員は男女合わせて十名ほど、比較的小規模である。

 日本舞踊研究会は学園自治を成し遂げ英雄となったあの生徒会長の下で副会長をしていた生徒が設立したのがその縁起で、それ故に代々の日本舞踊研究会伯は生徒会長の派閥の傍系に位置付けられ、生徒会権力との距離は近かった。その後、生徒会長の派閥の分裂抗争と断絶によって当時生徒会権力を裏で支えていた文芸部伯が生徒会長に推戴されてからも”学園自治の理念を同じくする者”として変わらず生徒会との距離は近かった。

 しかし、高邁な理想や気高き誇りや正統性や神性は行為の理論的支柱に過ぎない。行為”そのもの”ではないのだ。であるからして”尊きたっとき”小領主である同伯が強大で華麗なる諸侯が跋扈するなかで今日まで存続できているのはある意味奇跡のように見えるだろう。が、実を言うと部活・同好会が他の部活・同好会によって廃部に追い込まれるということがほぼほぼないのである。所領がどんなに小さくてもあるいはその逆であったとしても互いの存在は”同格”であることに変わりはないからだ。また形骸化してしまったとはいえ学園自治の理念によってその存在を認められかつ保障されている彼らは、自己と同じようにして存立する他の部活・同好会の存在を学園から消し去るということが端からできないのだ。しかし、それでもなお彼らは他を蹴落としてまで自らの権勢を拡めることを止めようとはしない。

 そして、本来ならば、継承問題など起こるはずがなかったのだ。たいていの場合部長・同好会長は三年生がなるため、三年生が卒業する三月にひと月かけて次期部長・同好会長の継承がなされる。ひと月まるまる使うのは、新たな部長・同好会長への主従関係の再確認を行う必要があるからだ。部員・同好会員が忠誠を誓っているのはであり、ではないのだ。部活・同好会は部長・同好会長の個人的力量に依存することによって成立していると言って良いだろう。確かに日本舞踊研究会伯はつつがなく継承された。だが、新学期が始まるやいなや新同好会長は突然退くと宣言し、後継者を和舞会第二位の騎聖エリセに指名して顔を出さなくなったのだ。原因は不明、噂によれば別の高校に通っている幼馴染の男子が神を自称する女子とつるみだし、それが心配でほっとけないからだという。

 唐突の引退に多少の混乱は生じたが、騎聖エリセが後継すること自体は特段の問題はなかった。和舞会や伯領内での同好会員同士の関係は非常に良好であったからだ。しかし、問題はここからであった。騎聖エリセが突然に伯爵位を継承するその不安を彼氏である木料朋毅に打ち明け相談したとき、木料は凄まじい入れ込みようで相談にのった。彼女に頼られたからには応えねばならぬという義務感や良い姿を見せたいという下心もあっただろうが、彼の腹にはこれを利用して自身の部活の勢力を拡大しようという目論見もあった。これは野心を持つ領主としては当然の反応であろう。が、それ故の熱中ぶりが仇となった。このカップルは最近あまりうまくいっていなかった。二人が付き合い始めた理由は政略的なものではなく、お互い惹かれあったからという至極まっとうなものであり、付き合って間もないころは街中で見かけるカップルと大して変わりはなかった。しかし、木料が懸案であった手品部伯継承を上々の出来で成し遂げ学園屈指の大領主の仲間入りを果たしてから後、木料は自陣営の勢力拡大政策にのめり込み騎聖とのカップルとしての時間をとらなかったのだ。彼氏彼女の二人が同じ時間を共有することによってのみ成立する学生の就中高校生の恋愛においてこれは致命的であった。連絡を取り合う機会は次第に減り、それは互いに気まずさを生んだ。二人が友人以上の間柄でいることの意味が薄れてしまった。だが、騎聖はなんとか寄りを戻そうした。彼女としては部活動という最早概念に近しい事象によって自身の恋愛が潰えてしまうことに釈然としなかった。現況に納得がいかなかった。そんな状況を打開すべく、あわよくばこの機会を利用して疎遠になりつつある彼の眼を自分に向けさせようとした。ありていにいえばかまってほしかったのだ。だが、これは裏目に出た。木料にとってはこれからしゃしゃり出てきそうな予感のする生徒会を完全に抑え込み沈黙させる絶好の機会でもあったのだ。それ故に、皮肉なことに騎聖の思惑とは裏腹にさらに彼をさらに部活にのめり込ませる結果となってしまったのだ。

 そんな渦中の日本舞踊研究会伯の本拠地では二人の女学生が密談していた。時刻は完全下校時間に差し迫ろうとしている。

「あの生徒会長、戦争を吹っかける気だわ……。それにしても、朋毅君もやる気のようね。同盟なんて結んじゃって、ほんとバカバカしいわ」

「もう!そんな呑気にしてどうするのよ!日本舞踊研究会ウチが争いに巻き込まれてしまうのよ!」

「どうするって……取り合えずこのまま日本舞踊研究会伯を継承するわ。でもってわたしはすぐに退くわ。後継者をあなた、サカエちゃんに指名してね」

「で、でもエリセちゃんの次って……」

「ええそうよ、朋毅君もわたしに縁ある者として我が同好会の継承権を主張できるわ。けれども"彼女"をなおざりにして幸せにできない朋毅君には我が同好会を絶ッッッ対に継がせたりはしない。だから、サカエちゃんは我が同好会と係累的に近い生徒会の長、生徒会長を頼るのよ。生徒会の復権を目論む彼女ならきっと喜んで助太刀すると思うわ」

「本当に良いの?朋毅君を裏切るようなことをして?」

「別に良いのよ。だってもともとこの問題の発端は彼がわたしをちゃんと見てくれないから起きたのよ。彼には"彼女"であるわたしからキツーイお仕置きをしなくちゃね」

 斜陽の茜色の光線を後景にしてボンヤリと影法師の如く浮かび上がって見えるエリセの薄気味悪い笑みをサカエは見、数瞬のち何か納得したような表情を浮かべ、彼女に言う。

「ふーん……エリセちゃんもやっぱりなんだかんだいっても封建領主なのね」



 次期日本舞踊研究会伯の継承問題に介入すふことを襲ユリが生徒会の皆に打ち明けた後、彼女に連れられて僕はある場所に赴いた。

 ツンッと鼻を刺激する汗の匂いと湿気のように身体にまとわりつく土の臭いに包まれた場所、ここは運動系の部活・同好会にあてがわれた倉庫群の一棟である。といってもこの学園に運動部など存在しない。学園自治の確立の際、OB・OGと体制側と生徒保護者とが硬く結びついていた運動部は過去の悪弊の象徴として全て廃止となったのだ。そのときの抵抗運動とその弾圧は凄絶を極めたとの話もあるが定かではない。少なくとも記録や文書は現存していない。今学園に存在している運動系の生徒による団体は生徒会が認可した有志連合だ。部活・同好会との決定的な違いは書類上に学園教員による顧問の記載の有無と当該団体が学園自治において一定の役割を任じられているか否かにある。書類に学園教員による顧問の記載がなされていることは課外活動において学園生徒が自身の責任能力を遥かに超える損失を社会に対して与えうる活動を行い得る場合に、それが学園の預かり知っていることであるかを証明できることを意味する。つまり、学園生徒による有志連合でしかない運動系の諸団体はその活動を有志生徒の一人一人が責任をとることのできる範囲内での活動しかできないのだ。

 そうなるとそのような団体は次の二つに別れる。本気でそれをやりたいがために集ったものなのか、何となく仲間内で楽しくつるむための場所づくりのためにつくられたものなのかの二つだ。しかしどちらにせよ何らかの活動をするには金子がいる。しかし、学園内の団体である以上生徒会則の拘束を受ける。ポケットマネーは使えない。有志連合でしかない彼らに学園内で安定な収入源はどこにもない。ではどうするか?答えはそう、諸侯やギルドと契約して陰に陽に雇用主のために活動する対価として金銭を頂戴するのである。

大抵は力の行使を伴う契約であるために彼ら運動系の団体は"傭兵団"と呼称される。

 僕と襲ユリはそんな傭兵団の一つ、野球傭兵団の倉庫に来たのだ。

 襲ユリは無遠慮に倉庫のドアを勢いよく開け放つ。中には備品の数を数えている一人の女子生徒がいた。どうやらマネージャーらしい。

「戦をすることになったわ。協力してちょうだい」

 挨拶もよそに開口一番襲ユリは本題に入った。相手は少しも驚かずに彼女の方に身体を向ける。

「あらそう、で、報酬は?」

 襲ユリは倉庫の中を見回す。演技くさい。

「今季の備品の整備費用の半分を折半してあげるわ、それとも夏合宿の費用の援助でどうかしら?」

 マネージャーは顎に手を当てる。頭の中で算盤をはじいているようだ。

「……良いでしょう。その話乗ったわ」

 二人は握手を交わす。TVの外交関係のニュースでよく見るような儀礼的なものだ。

「感謝するわ。契約の詳細はまた後日人を遣すわ」

 襲ユリは行きましょと僕に言ってまたどこかへ向かう。

 続けてやってきたのは駐輪場だった。僕たちの学園はバイク通学も許可されているためママチャリの隙間にところどころバイクが差し込まれていた。

 駐輪場の奥の方には、高校であるはずなのにタバコの吸い殻やフィルターが散乱している。

 そんな場所に十数人の生徒がたむろしていた。ここは不良の溜まり場となっているらしい。タバコを吸い、ピアスをつけ、独特な髪型をした不良たち。こうもわかりやすい不良も今どき珍しいと僕は率直に思った。というか、ここは一応進学校だろーが、なんでこんなのがいるのだろう。

 たむろする十数人の生徒の中でひときわ目立つ存在がひとつ。2メートルはあろうかという巨躯を持つ男だ。おもむろに立ち上がり、襲ユリの前に行き、恭しく拝跪礼をする。他の不良たちも彼と同様に彼女の前に跪く。

「どうかされましたか?生徒会長殿」

「合戦をするわ、準備をなさい」

「仰せの通りに」

 その言葉に満足げに微笑んで「頼んだわよ」と一言言い残して颯爽とその場を立ち去る。

 後から彼女に聞いてみると、彼らは襲ユリ臣従する不良グループのようだ。文芸部伯領で農作業させられている奴らと大した違いはないように思われるかもしれないが、騎士身分と農奴と考えればその違いは測れよう。要は従属と隷属の違いだ。そして先ほどの不良グループは襲ユリの臣下とはいえ物部先輩をはじめとする生徒会役員とは一線を画する。生徒会役員は与えられた封土や職位を持つ貴族身分であるが、彼らは俸禄を与えられる騎士に過ぎない。貴族(封建領主)即ち騎士でも騎士即ち貴族(封建領主)ではないのだ。ちなみに僕が知らないだけで一定数彼らのような所謂"不良"がこの学園にはいて、それぞれが主人と仰ぐ人に仕えているらしい。

 襲ユリは先刻の野球傭兵団との傭兵契約の書類作成に生徒会室へと向かう。僕は別れ際彼女にある言付けを託される。彼女から渡された一枚の手紙を手に僕は理系三年生のクラスに行く。そこは科学帝国の本拠地である。

 科学帝国の支配領域に入るやいなやどこからともなく人がやって来た。彼は僕の胸章を一瞥し、本拠地とされる理系三年生のクラスの一室へと案内する。

 教室の中には長はいなかった。代わりに副部長格や書記格の側近集たちがいた。

 僕は手紙に擦された封蝋を彼らに見せる。それを見た彼らは僕を他所にボソボソと小声で話し合う。対応に困っているわけではあるまい。

「生徒会が何用だ?」

 唐突に問う。

「近く我が生徒会は大道芸部伯と戦端を開くことになる」

 居並ぶ彼らの目が見開かれる。日本舞踊研究会伯継承に今問題が生じていることを彼らは勿論承知しているだろう。しかし、それに生徒会が進んで絡もうとするのは意外だったのだろう。たとえ、誰かからの要請があったとしても、だ。それほどまでに諸侯たちとの差があるのだ。

「で、それがどうした?」

「助力をこいたい。これは生徒たちの学園を治すしるす生徒の代表者にして代弁者たる生徒会の長たる生徒会長によって、学園にて一定の権力を行使しうる汝ら諸侯に令されるものではない、あくまでも同じ学園自治の理念を胸に抱く親愛なる同輩の力を求めただけだ」

 彼らは互いの顔を見合わせ、少し頷き、僕の方へ向き直る。

「生徒会が何をしようと我等には関係のないことだ。好きにすれば良い。ただし生徒の代表たる生徒会であれど我等を利益のために働かせることは罷りならぬ」

 僕が思っていたとおり回答だ。彼らが乘るとはつゆほども思っていない。もちろん襲ユリも期待していたわけではない。大道芸部伯へのブラフとしてこうして協力を打診したに過ぎないのだ。彼らは彼らの利益のためにのみ行動する。しかし、彼らは何を目論んでいるのか。計りかねる。まさに伏魔殿だ。生徒会のメンバーとなり実際こうして彼ら諸侯たちと折衝して思うことがある。何故彼らは権益を欲し、己が利権を頑ななまでに守ろうとするのか、と。単にセクショナリズムの一言で片付けて良いモノなのだろうか……。

 当たり障りのないを答辞の言葉を述べて、教室をあとにする。

 ポケットのスマホが一定のリズムで震える。恐らくは襲ユリからの招集であろう。僕は駆け足で中庭に向かう。

 廊下の曲がり角で誰かとぶつかる。相手はよろめき倒れたようだ。

「あ、すみません。大丈夫?」

 僕は慌ててその人を起こす。簡単に謝罪の言葉を述べ、ろくに誰かも確認しないで僕は生徒会室へ向かう。数人から怒号のようなものを叫ばれている気がする。ぶつかった相手によってはこの後に大問題になる恐れがあるが、問題になるような相手は今どこで何をしているのかぐらいは把握している。だから大丈夫だと思う。

 第一回定期考査を終えた六月の初旬出師準備と編成を完結させ、僕たちは来るべき戦争を迎えることとなる。

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フューダリズム・スタディーズ トルティーヤ忠信 @tortilla7212

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