後編

「うるせーババァ! 今いいとこなんだ、ひっこんでろ!!」

 この頃には、母親の言葉に耳を貸しもせず好きに生活するようになっていた。もう諦めの境地になっているのか、母親はため息をつきつつも二言目は発さず、静かに階下へと降りていく。トントントンという足音が遠ざかる。

 気の良くなった孝也は、積極的にSNSを活用した。自分の論を語りながら、仲間と思う人の敵を積極的に言論で倒しにも行く。


 @kotobagami:小説が大衆のものだけになっては終わりです。もっと芸術性、社会性のあるものへと押し上げなければ未来は暗いのです! これを知らないのは頭が固くておかしいのです。

 @dhi-kei:応援ありがとうございます! ほんとそうですよね。

 @shachiku:お応援ありがとうございました。私もそう考えます。

 @shake:その通りですね。

 @umeboshi:その通りです。

 @takana:そうかもしれませんね。

 @gyuniku:応援ありがとうございます、そうかもしれませんよね。

 @ginshari:本当にそうでしょうか? いえ、もちろんそういった小説があっても良いと思いますが、ことウェブ小説については、プロでも文芸を目指しているわけでもない人は一定数いるわけです。頭がおかしいというより、スタンスが違うというだけなのでは?

 @hakumai:私もそれについては意義ありです。頭おかしいとか、何様ですか? ご自身が貶されると「俺を貶すな!」っておっしゃるのに、自分は他人を貶して良いとお思いです?


「チッ、俺に偉そうな口聞きやがって! 以前の相手はっと」


 @kotobagami:以前の相手は、私を攻撃してきました。私は自分の持論を述べているだけです。特定の誰かを攻撃したりしていません。わかりますか?

「はい、論破ー! ウケる」

その度に仲間が増えていき、彼は確固たる地位を得たと思ったようだった。


 ※ ※ ※


 そうして随分と経ったある日。潮目が変わった。


 インターネット某所

 @katuotokonbu:読みました。ちょっと文脈がおかしいところがあって、自分には読み進めるのが難しかったです。

 @kotobagami:何言ってるんですか。これこそ至高の文芸なんですよ? 文学と言っていい。読み込みが足らないんじゃないですか? リテラシー大丈夫ですか。

 @katuotokonbu:いえ、書いてある内容以前のことなんです。文体が整ってません。人に読ませる文章になっていないんです。

 @kotobagami:サイトの賞の最終選考まで残ったんですよ、そんなはずがありません。あなたの読解力の問題です。

 @katuotokonbu:……そうなのかもしれませんね、すみませんでした。


 この頃には、彼は誰彼構わずポイントを投げていた。母親のタンス預金の在処まで調べ上げ課金する徹底ぶりである。日間どころか、年間一位まで取っていたので相手の言葉はもはや彼の基準から外れすぎていた。

 そのやりとりを見ていたグループに所属していた人が、はらりぽろり、一人二人と繋がるのをやめた。


 @gakuseiはあなたとのつながりが切れました。

 @shakaijinはあなたとのつながりが切れました。


「馬鹿な奴らだ、この良さをわからないんだからな」

 孝也は一瞬カッとなったが、すぐに思い直した。自分には今や万の数のつながりがあるのだ。一人二人離れていったとしても瑣末なことだと思えた。

「孝也、ちょっといいかしら?」

「今大事な話してるんだよ、引っ込んでろ!!」

「お母さんも、大事な話があるの」

「後にしろよ!」

「……そう」

 ため息をついて、母親は階下へと降りていった。

 夕飯は買いだめしてあるカップラーメンと、自室に備えてあるペットボトルの水と電気ポットで済ませる。今が大事な時だ、そう考えた孝也はひたすらインターネットを絶え間なくやり続けた。


 @kotobagami:「小説だぜ!」などではエコーチェンバーがかかってしまい、正常な判断ができなくなってしまいます。もっと知見を広めましょう。

 @dhi-kei:応援ありがとうございます! ほんとそうですよね。

 @shachiku:応援ありがとうございました。私もそう考えます。


 毎日毎日、彼は小説を一話投稿してはポイントを投げ、SNSで言説を披露した。

 時折、誰かがよく考えもしない知ったかぶりで孝也を論破しにくる。


 @gohan:エコーチェンバーとは、同じ価値観や肯定のみの場所で発生する事象ですよ。言葉神さんも、十分その状態ではないですか?

 @inasaku:この前読み込みが、っておっしゃってましたが、私も実は読めませんでした。重厚っておっしゃってますが、趣味のウェブ小説の域を出ていないと思います。

 @kotobagami:リテラシーがないのですね、しょうがないですよ人にはレベルというものがありますので。

 @gohan:そういうお考えなのですね、わかりました。

 @inasaku:え、それ本気でおっしゃってますか?


 @gohanはあなたとのつながりが切れました。

 @inasakuはあなたとのつながりが切れました。


「ふん、雑魚どもめ」


 @genmai:え、ちょ、まじなん? 一周回っておもろいな。


「げ、またきやがった。すぐやられるくせにどんどんわいてきやがる」

 やっつけてもやっつけても終わりのない戦いに、けれど孝也は聖戦を見るかのような心持ちだった。不思議と苦にはならない。むしろ何だか自分を誇らしく思いだしていた。

 やってきた輩を捻り上げて酒の肴にしたい。ふとそう思って一階へと何日かぶりに降りたその時、彼は家の中の異変に気づいた。

 いやに片付いているのである。玄関にあったはずの母親の靴は見当たらず、いつも少しは雑多になっているシンク周りはすっきりと整えられ、磨き終わった後のようにピカピカだ。

「……おふくろ?」

 ふと見ると、ダイニングテーブルの上には母親の字で何ごとかメモのような物が置いてある。

 孝也は手に取ると読み始めた。

『孝也へ

 大事な話がありましたが、聞いてはもらえないようだったので、手紙を書いて置いておきます。母さん、体のこともありますから、老人ホームに入ります。

 この家の相続についてはこちらへ来てください。私からはそちらに行くのを控えます。思えば、言われたら何でもやってあげるということを愛情と履き違えていたのかもしれません。世話をして当たり前だ、と思われていることにもちょっとだけ疲れてしまいました。なので少しずつ、この年ではあるけれど子離れして、自分の楽しみを見つけたいと思っています。

 孝也も体には気をつけてください。顔が見たくなったらいつでも訪ねに来てくださいね。母より』

 後は、入所した老人ホームの住所が書いてあった。

「……っ、な、なんだよこれ!!」

 彼は気が動転したのかお酒を持っていくのも忘れて階段を駆け上がった。

 そしてすぐまたインターネットの世界へと入っていく。

 毎日、毎日。ネットに書き込み、その繰り返しは進んで行く。けれど本当に進んでいるのだろうか。画面へと向かうその背中は、手紙があったことを忘れようとするかのようでもあった。ともあれ一年、一年。過ぎていく。


 @kotobagami:「小説だぜ!」は近々終了するでしょう、やりがいを搾取しているからです。もっと読んでもらえるサイトはあります、選択しましょう。

 @dhi-kei:応援ありがとうございます! ほんとそうですよね。

 @shachiku:応援ありがとうございました。私もそう考えます。


 もはや、彼の作品を読み込む人は消えているのかもしれなかった。気づかないのは、孝也ただ一人である。それでも彼は、自身をひたすら信じているようだった。

 これは頂点か、それとも谷底か。万能ならざる者は、今日も何をか書き込んでいる。

『深淵なるその淵を覗いた男はしかし、キラキラと輝きと共に新緑のクリスタルソードを手に携えそして、敵を薙ぎ倒さんと……

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神念 三屋城衣智子 @katsuji-ichiko

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