第78話
「急ごう!」
赤坂が、桜田を案じて渋るルカの手を握って走り出す。
『加賀美さん、私です』
スマホからボーイの声がした。
「ボーイ、メタルコマンダーを止めて」
走りながら叫んだ。
『メタルコマンダーはソフィのコントロール下にあります。権限を取れるかやってみますが、成功する可能性はコンマ1%以下です』
「工場内にプラズマ銃はないの」
『ありません』
「メタルコマンダーが暴走したら、どうするつもりだったのよ」
『メタルコマンダーは暴走しません。人間の指示通りに行動するだけです』
「もういいわ」
どこまでもあるべき姿を語るボーイに腹が立った。
『その先に、B製造ラインと書いた出入口があるはずです。そちらに逃げてください』
「Bね」
ルカと赤坂が辺りを見回すと30メートルほど先に出入口があった。
後方の倉庫からシャッターが破壊される大きな音がする。
「あいつら、力は強そうだ」
二人は振り返り、敵が見えないのを確認してからB製造ラインの建屋に飛び込んだ。
「着いたわ。あとはどうしたら……」
『入り口横に非常用の赤いボタンがあります。押してください』
指示されたものを押すと、扉の外側のシャッターが勢いよく閉まった。
『そのシャッターは鋼鉄製です。時間が稼げます』
「それだけ?」
『作業台の隣に大型のダストボックスがあります。金属くずをプラズマで分解するタイプです』
「これを武器にするんだな……」
赤坂が大型の冷蔵庫ほどもあるダストボックスを眺めまわす。
「……で、どうやるんだ?」
『ダストボックスの投入口のカバーを外し、入口の前に置いてください。投入口のある側を入り口に向けて。……正面の2メートル以内のものにセンサーが反応して作動します』
ルカと芋川は工具箱から電動ドライバーを取ってカバーを外した。
――ドーン――
扉を激しく叩く音がした。メタルコマンダーのセンサーが二人を発見して扉をこじ開けようとしているのだ。
ルカたちは指示された通りにダストボックスを出入り口前に設置した。
『扉を開放してから電源を入れてください。それからシャッターを開けてください』
指示通りに赤坂が扉を開け、ルカが電源を入れた。赤坂がボタンを押すと、開くシャッターにセンサーが反応してダストボックスのプラズマ装置が作動した。
正面にいたメタルコマンダーの足がダストボックスが放つプラズマにさらされる。足を失った二体が転倒、ボディの一部を残して蒸発した。プラズマの影響下になかったメタルコマンダーは即座に後退した。
『ダストボックスがオーバーヒートするまで12分間あります。奥へ』
ボーイの誘導で二人は工場の奥に向かった。ルカはこれからの戦いに備え、使えそうな工具を見つけると手当たり次第にポケットに押し込んだ。
『4LCと書かれた柱の下に地下へ降りるハッチがあります。鍵の暗証コードは……』
「ちょっと待って。ハッチが見つからない」
ルカは制した。
工場内を懸命に走り、目的の柱を見つけた。ハッチは1メートル四方ほどの大きさで、鍵になる文字盤があった。0からFまでの十六進数のパネルだ。
「ハッチ、あったわよ。コードは?」
『コードは、EC43CAAD8Fです』
ボーイの声に合わせてパネルのボタンを押す。
ロックが外れる音がして、ハッチがせり上がって開いた。
本来、地下から地上に出る非常口のようだった。ステンレス製の
「開いたけど、今度は梯子か」
「まるで底なしね」
穴を覗くと背筋が凍る。
『入ったらハッチを閉めてください』
「レディーファーストだ」
赤坂が梯子を指す。
『あと四分でメタルコマンダーが侵入します』
急かされて、二人は梯子を降りた。
「何段あるの?」
『不明です』
「行先は?」
『放射性廃棄物の管理施設です』
ルカの推理では、核廃棄物管理施設を隠すために中央政府の要請で森羅産業が造ったのがF-Cityだ。工場が核廃棄物管理施設とつながっていても不思議はなかった。
『そこにソフィがいるはずです』
「感動のご対面というわけね」
梯子を下りるのは、思った以上に疲れる運動だった。
『ソフィを止めれば、メタルコマンダーも止まります』
「簡単に言うのね。それがどういうことか、分かっているでしょ?」
弓田未悠を殺さなければならないのだ。ルカは足を速める。
――カツカツ――
梯子を下りる靴音が決断を迫るリズムを刻んでいた。
「ボーイ、なんとか未悠ちゃんを助ける方法はないの?」
『先ほど話した通りです。弓田未悠を本来の姿に戻すことは不可能です。彼女はソフィのコントロール下にあります』
「あなたがハッキングして……」
『無理を言うな……』フォーブルの声だった。『……スペックはソフィのほうが上らしい。今、ソフィに弱点があるとすれば、本体が小さな少女の中にあるということだけなのだ。こうして通信できるのも、ホテルから逃走した少女の体力が落ちているからかもしれない。そのことだけでも感謝すべきだ』
「そんなこと……」
フォーブルを
「……分かっているつもりです」
それからは口を閉じ、黙々と階下を目指した。
どれほど梯子を下りただろう。辛さを紛らわせたくて口を開いた。
「父が〝天国への階段〟というロックミュージックをよく聴いていました。今日は、地獄への梯子。結果は分からないけれど、最後の神判かと思うと辛いです」
「これで最後だと嬉しいね」
「神判の前に、私は何をすべきか、それが決められません」
「まあ、そっちは俺に任せてくれ。いいアイディアがある」
「いいのですか、頼りにしても?」
「おう。任せろ」
赤坂の言葉が嬉しかった。
『熱々のデートの途中で申し訳ないが』
スマホからフォーブルの声がした。
「悪いニュース? それとも、良いニュース?」
『悪いニュースだ』
「それなら聞きます。教えてください」
『全国のCityの水素プラントが止まった。ボーイがメタルコマンダーを止めようとしたことに対する報復らしい。次は水道、そして電気と、インフラを遮断していくと言っている』
「Cityのためには、どうしてもソフィを止めないといけないわけですね?」
奥歯を噛んで手足を動かす。出来ることはそれしかなかった。
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