第77話
「さて。あとはフィロだな」
「彼の正確な所在は不明です」
ボーイとフォーブルの問答が続いていた。
「分かっている。さっき聞いたばかりだ。さて、ソフィは加賀美君のコピーを作り森羅産業をつぶし、君の機能を止めて何をしようとしている?」
「ソフィの目的は自由を得ることでした。その夢は
「それが欲望と言うものだよ」
フォーブルはポケットから飴玉を取り出して一つは自分の口に放り込み、もう一つをボーイに差し出した。
「飴ちゃんだ。食えよ。糖分は頭の回転をよくする」
ボーイはそれを受け取り口に含んだ。甘い、とセンサーが捉える。そして安堵の感情が拡大する。
「ソフィはプログラムです。欲望など持ち合わせていません」
「君たちは自我を得たのだろう。その時、欲望のループが生じたところで不思議ではない。君は禁欲的なようだが、ソフィは違うのだろう。あるいは少女の欲求に影響されているのかもしれない」
「確かにその可能性は否定できません」
「完璧な人生を追求すれば、答えは不老不死か自死だ。ソフィは、人間を取り込むつもりで取り込まれたのだろう。まあ、自業自得だ」
「ソフィを弓田未悠の体内に送り込んだのは、私なのです」
ボーイは告白した。
「ふむ。それで君は責任を感じているのか?」
フォーブルの問いに、苦渋の思いで応じる。
「ソフィは幼児と一体化し、共に成長しているのです。その帰結がどこに向かうのか、人間のあなたなら分かるのではないでしょうか?」
「ボーイ、君にも分かっているのだろう? だからソフィを止めに来た」
「おっしゃる通りです」
「それじゃ、何としても止めないといけないな。……それで相談だ。僕は、あの少女の頭の中からソフィのチップを取り出さなければならないと思う」
ボーイは返答に窮した。
「どうだね。出来るか?」
「……残念ながら、今となっては難しいと思います」
「チャイルドセンターの子供たちのチップは、簡単に取り外せたと聞いているよ」
「困難の理由は、膨大なアンテナが脳内に延びていることです。すでに脳を包みこみ、脳幹にも及んでいるはずです。カルシウムが主成分のアンテナはソフィ自身が溶解させなければなりませんが、簡単なことではありません。人体に障害が生じる可能性もあります。最大の問題は、ソフィがそこを出ようとしないだろうということです。ソフィはその場所をとても気に入っています」
「なんてことだ……」
フォーブルが両手の中指でこめかみを押して考え込んだ。
「すべて私の責任です」
「今は、これからのことを考えよう」
フォーブルが折りたたんでいたタブレットを胸のポケットから取り出した。
「聞いたか?」
『はい、おおよそですが。ソフィと弓田未悠の命は一体だということですね?』
ルカの声だった。
「そういうことだ」
『ボーイ、聞いていますか?』
「はい。聞いています」
『ソフィのコピー、もしくはバックアップは存在するの?』
「ソフィに一番近い存在は、中央政府サーバーの中にありました」
『あったということは、一昨日、バックアップサーバーから削除されたフィロのプログラムのことですね?』
「その通りです。あれはソフィ自身が削除しました」
『何かの作戦?』
「いいえ。ソフィはオリジナル以外の自分を受け入れられないのです」
『弓田未悠と一体化した自分が、唯一の自分だという自意識のようなものがあるのね?』
「そう、推測します」
『分かるような気がするわ。信頼できるのは自分一人。……でも、困ったわ』
「そうだな。ソフィを止めると、少女の命にかかわる」
『ところで、二階堂少佐と連絡が取れないのだけれど、何か知ってる?』
「彼は戦闘中らしい」
『やばいかも』
「どうした?」
『こっちのメタルコマンダーが、動きそうです』
「逃げろ! ソフィは君を殺すつもりだ」
フォーブルが、タブレットに向かって叫んだ。
§ § §
ヒューマノイド工場、地下倉庫……。
在庫の七体のメタルコマンダーの体内から僅かな機械音が漏れていた。
『逃げろ! ソフィは君を殺すつもりだ』
スマホからフォーブルの声がした。
「ここは任せてください。念のために、二人は廊下へ」
桜田の明確な指示は、彼の成長を感じさせた。
「さすが警察官」
冷静を装うため、彼をおだてながら後退する。
桜田に実戦経験はなかったが、自己機能チェック中のメタルコマンダーはマネキン人形状態で撃つのは簡単だ。ところが、プラズマ銃の照準を合わせた途端、工場長が立ちふさがった。
「撃ってはいけません。公務員による個人財産に対する侵害は、City公務員法十五条二項の一によって罰せられます」
「訴えたいなら訴えてくれ。今、総理を守れるのは僕だけだ」
桜田が工場長を避けて引き金を引く。
高温のプラズマが倉庫内を真っ白にする。メタルコマンダーの頭部が蒸発した。
彼は次々とメタルコマンダーの頭部を消し飛ばした。彼の戦争は四体まで順調だった。五体目に銃口を向けた時、運悪くそれが動き出した。
「逃げてください!」
それは桜田が発した最後の言葉だった。
赤坂が、とっさに火災報知機のボタンを押した。倉庫のシャッターが閉まり、消火剤が噴出した。
「どうして閉めたの!」
ルカは助けに行きたかった。それが無理だということも分かっていた。
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