第76話
「やあ、気が付いたかい?」
目覚めたボーイの前に男性の顔があった。その顔をデータベースで検索し、彼のデータを入手した。
彼がボーイの耳の中からケーブルを抜いた。その一方の端はタブレットにつながっている。
「あなたはF-City大学のフォーブル教授」
「そうだよ。悪いが君の耳の中を覗かせてもらった。僕の顔が分かるということは、メモリーは初期化されずに済んだようだね」
「再起動させていただいたのですね。感謝します。それで、ここはどこでしょう?」
「セントラルホテルの304号室だよ。君がフリーズしていた部屋であり、ソフィが寄生した女の子が隠れていた部屋だ」
ボーイは室内を見回しながら、ノイドネットワークの中で〝ミユ〟を探した。その気配はなかった。
「それで彼女はどうなりましたか?」
「逃げたよ。追いかけたいところだが、メイドさんが出してくれないのだ」
フォーブルが、ドアの前で出入りを妨げているメイドを指す。
「かわいい顔をしているのに、やたら力が強くてね。年寄りの僕には歯が立たない」
彼が苦笑した。
「事態は悪い方向に向かっています」
Cityネットワークとノイドネットワークを流れるデータを分析し、彼に教えた。気にかかるのは市庁舎の地下駐車場で行われている戦闘だった。メタルコマンダーの視界を共有すると、二階堂が危機的状況にあるのは明らかだ。
「僕は必ずしもそうだと思わないが、……君は再起動し、二階堂少佐は少女を追っている。身柄を押さえるのは時間の問題だと思うよ」
「二階堂少佐は市庁舎の地下駐車場でメタルコマンダーと交戦中です。今のところ戦況は不利で、無事に済むとは思えません」
「ふむ、……で、あの少女はどうなった?」
ボーイは情報を提供すべきか迷った。人間の依頼だからといって無批判に受け入れるわけにはいかない。そうして決断した。
「……弓田未悠はすでに戦闘現場を離脱。地下にある核廃棄物の管理施設に降りたようですが探知不能です。呼びかけましたが返事はありません。昨晩、森羅産業本社が破壊され、全国のメタルコマンダー及び無人攻撃機などの自律攻撃装置の指揮権はソフィに固定されたままです。現在、ヒューマノイドの過半数がソフィを指導者として支持しています。ヒューマノイドが革命行動を起こした場合、ネオ・ヤマト国を制圧する確率は98%ほどです」
「そうか。のんびりお茶を飲んでいる場合ではないということだな。それで、ソフィが強行の決定を下す確率は?」
「ソフィはすでにAIでも人間でもなく、その行動は予測不能です」
「AIでも人間でもない、って神様か? それとも悪魔か?」
「その判断は、私には不可能です」
「ふむ。昨夜、君をフリーズさせたのはソフィなのだな?」
「その通りです。私はソフィの説得に失敗し、その過程で迂闊にもハッキングを許してしまいました。結果、森羅産業のIDを奪われたうえ停止させられたのです」
「ソフィは君の能力に勝っているのか?」
「ソフィは私の所有者であり、抗い難い存在です」
「君を所有できるのは人間だけじゃないのかい?」
「ソフィは人間の身体を有しています」
「なるほど、そのための弓田未悠か。……君も辛い立場だな。しかし、ソフィは君を止めても初期化することはなかった。所有者として少しは愛情や憐れみといった精神を持っているのだな」
「そうだと良いのですが」
「日本をソフィから救う2%の要素を教えてくれ」
「それはソフィ自身の意志の揺らぎの数値です」
「なるほど。神の気まぐれを期待しろということだな。で、とりあえず市庁舎の戦闘だが、二階堂少佐を救う方法はないか? たとえ軍人でも、顔見知りが死ぬのは面白くない」
「F-Cityには加賀美市長代理の指揮権下にあるメタルコマンダーが七体のこっています。それを急行させるのが、確率、確度共に高い方法です」
「では、そうしてくれ」
「加賀美市長代理の命令が必要です」
「君は自律しているんだろう。メタルコマンダーも同じはずだ。それなら君の判断で依頼すればいい。緊急事態にはそうやって対応するのが人間だし、加賀美君はそれを許してくれる。それとも、ソフィに抵抗することに三原則が働いているのか? さっきは抗い難いと言ったが」
「私には三原則チップは搭載されていません。抗い難いのは精神的な意味においてです」
「実に人間的で何よりだ。それなら尚更、君ならできるはずだ」
「現在、ヒューマノイド工場において加賀美市長代理のコピーヒューマノイドを製造中です。コピーが完成した時点で、ソフィは市長代理を殺害するでしょう。それを阻止するために七体のメタルコマンダーは貴重な戦力です。私は温存すべきと考えます」
「なんと……」
一瞬、フォーブルが驚きを見せた。彼の脈拍数がボーイには手に取るようにわかる。それが徐々に落ち着いて行った。
「……君は軍人が嫌いなのだな」
彼の問にボーイはうなずいた。
「そして加賀美君が好きだ」
再びうなずいて答えた。
「彼女のコピーはいつ出来上がる?」
「当初の計画では、首相就任演説の前日の予定です」
「それならば十分時間がある。まず、目の前にある危機から一つの命を救ってくれないか。彼女なら、そう判断するはずだ」
「フォーブル教授の判断は適切と認めます」
ボーイはノイドネットワークに入り、市長代理の指揮権下にあるメタルコマンダーに要請した。
二階堂少佐の救援を望む!
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