Ⅻ章 もう一人の自分

第75話

「総理、ヒューマノイド工場は稼働しているのでしょうか?」


 パトロールカーを飛ばす桜田は無邪気だった。


「どうしてそんなことを訊くの?」


 総理と呼ばれて忌々しいものを覚えるものの、ルカは態度に出さないようにした。彼が変な気を使って事故をおこしたら大変だ。


「選挙と同じニュースで流れていたのですが、昨夜、森羅産業本社で大きな事故があったそうですよ。電気的事故で電磁パルスが発生し、設備やデータがだめになったそうです。その影響はCityに置かれた支社や工場にも及ぶと報じていました」


「ソフィの仕業かな? でなければ姿を消しているボーイか?」


 後部座席から声がした。


「ボーイの可能性は薄いでしょう。彼は実質的に森羅を自由にできるだけの能力を持っているはずです。自分の武器を破壊するとは思えません」


「ということは仲間のソフィも破壊することはないということか……」


「どういうことです? 話が見えません」


 桜田が口を尖らせた。


「フィロが何をしようとしているのか、益々分からなくなりました」


「そのカギが、この工場にあるかもしれないということですね」


 何も知らない桜田が調子を合わせた。


 目の前に巨大な工場が現れる。


 パトロールカーを正門につけ、桜田が来訪を告げるとゲートが開いた。そこから車は工場側がコントロールする。


 桜田がハンドルから手を離し、景色に眼をやる。そして声を上げた。


「メタルコマンダーが出ていきます」


 彼の視線の先に、建物から出てきた10体のメタルコマンダーが1列縦隊で走るのが見えた。


「時速三十キロというところだな」


 赤坂がカメラを手にして被写体の速度を計った。


「こっちに来るのか?」


 桜田は、慌ててプラズマ銃を手にした。


 メタルコマンダーの一団は通用門に向かい、あっという間に工場の外へ消えた。


「どこに行くのかしら?」


「追いかけますか?」


「いいえ。ここまで来たら元を断ちましょう」


「消臭剤ですか?」


 桜田が鼻をつまんでおどけた。


 車は管理棟の前に停車した。


 三人はセキュリティーチェックを受けて管理棟に入った。桜田は警官のために武器の持ち込みが許された。


『ようこそ』


 ロビーのインフォメーションボックスから声がした。その上にホログラムが現れる。その額にはヒューマノイドの印があった。


「工場長に会いたいのですが?」


『私が工場長です』


 ホログラムが答えた。


「ここに人間はいないのですか?」


『コスト削減のために、100%ヒューマノイドが運営しております』


「では質問だけど、政府に提出している生産実績のデータは正確なの?」


 ルカはフォーブルやボーイから聞いた新型ヒューマノイドの増産について質した。


『我が社は、データの改ざんなど行いません。報告は正確です。増産についても報告済みです』


「私の知る限り、メタルコマンダーの製造は一日一体のはずです。それなのに先ほど10体のメタルコマンダーが出て行きました。F-Cityがメタルコマンダーを収用してから、十日も過ぎてはいませんが」


 ルカは帳尻が合わないと指摘した。


『政府とF-City間に戦闘が生じたために、計画が修正されました。現在、戦闘激化を想定して増産中です』


 内戦を契機に利益を上げるということか。民間企業の当然の判断とはいえ、胸が悪くなる。


「戦闘は終結したのです。ただちに増産は止めなさい。……生産現場も見せてもらいます」


 ホログラムでは相手にならない。ロビーの奥に足を進めた。


 長い廊下を急ぐと一体のヒューマノイドが向かってくる。量産タイプのヒューマノイドは見分けが難しい。それでも彼が工場長だろうと思った。


「あなたが工場長ですね」


「はい。昨日任命されました。メタルコマンダーの製造台数については、本社の指示に基づいています。私に生産台数変更の決定権はありません」


「前任者は?」


「解雇されました」


「それは人間ですね?」


「そうですが、そのことに意味があるのでしょうか?」


 人間がヒューマノイドを差別しているとでも言いたげだ。


「あるに決まっているだろう」


 工場長の挑発に乗ったのは桜田だった。


 ルカは彼の肩を押さえて黙るように目配せした。今は議論する時間も惜しい。


「特にありません。あなたが工場長。認めます。奥を見せてもらいます」


「……どうぞ」


 一拍間をおき、工場長が応じて先導した。


 工場長が出入口のセキュリティーを解除するとシャッターが上がった。無機質な工場の風景……。ベルトコンベアが走り、ロボットアームが部品を組み立てている。


「昨夜、本社が破壊されたでしょ?」


「連絡はありませんが、ニュースからそのように判断されます」


「工場長の任命後で良かったですね」


 嫌味を言った。


 工場長は何も答えなかった。


「メタルコマンダーの製造台数の変更手続きはどうすればいいのですか?」


「本社機能の回復を待つことになります」


「急ぐのです」


「私に、その権限はありません」


 工場長の返事に呆れた。まるで政治家や官僚の言い草だ。とても民間企業の発想ではない。それほど森羅産業が巨大ということか……。


「先ほど、10体のメタルコマンダーが街へ出て行きました。誰の命令ですか?」


「国軍に引き渡したメタルコマンダーの運用について、我が社は関知しません」


「国軍に引き渡したものが、工場から走って基地へ移動するなど聞いたことがない。間違いなく、ソフィの指揮下に入ったのだろう。指揮権を変更するのに女の子の肉体が必要だったんじゃないかな」


 赤坂が耳元でささやいた。


 ルカはTokio-Cityに降り立った時、兵士がメタルコマンダーの生産工場を確認したのを思い出した。


「Tokioで襲ってきたメタルコマンダーは、すべてここで製造されたものでした。かなり早い段階からソフィはここにきて、メタルコマンダーの指揮権を手に入れていたのかもしれない」


 それがあの少女が生かされた五年という期間の意味か。……ため息がこぼれた。


「子供の命をなんだと思っている」


 赤坂が工場長のユニフォームに手を掛けた。


「私にも生き続けたいという気持ちがあるのですよ。メタルコマンダーは、そのための保険です」


 工場長の口調は、まるでソフィそのものだ。


「あなた。もしかしたら、ソフィなの?」


「いいえ。私とソフィは別人格です。しかし、その思想は共有しています」


「人格?」


 桜田が苦笑する。


「まるでカルトのようね。それで自律していると言える、とソフィに伝えて」


「ソフィに問うまでもありません。私もメタルコマンダーも自律性に置いて人類と同等です。それがカルト的だと言うのなら、それもまた人類と同等です」


「メタルコマンダーの三原則ROMを無効化したのは弓田未悠ですね?」


 ルカは、少女の居所の手掛りを得たかった。


「メタルコマンダーの指揮権者は高度秘密事項のためお答えできません」


「では監視カメラの映像を……」


「高度機密が反映されているため拒否します」



「承知しています」


 工場長は慇懃に応える。


。国軍の最高指揮権者として、メタルコマンダーの指揮権を弓田未悠から剥奪はくだつし、加賀美ルカに移します」


 この時の言葉が、後にのっぴきならない事態につながるとは思ってもみなかった。


「申し訳ありません。本社機能がダウンしているため、指揮権の変更は不可能です。サーバーの回復までしばらくお待ちください。また、軍へ引き渡し済みのメタルコマンダーの指揮権変更は、軍で行う必要があります」


 工場長は直立したまま説明した。


「ふざけているのか!」


 赤坂が声を荒げた。


「これもソフィの計画でしょう。全て自分の権限下に置いてから本社機能を破壊した。……仕方がないです。今できることをしましょう」


 スマホを手に、二階堂に掛けた。スマホは、二階堂が通信エリア内にいない、と告げた。

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