第73話
「なるほど……」
フォーブルの警告を聞いた二階堂は、エレベーター目指して走った。
「……逃げるか、それとも隠れるか……」
体力差を考えたら身体の小ささを利用して隠れるのが有利に決まっている。それなら裏をかくかもしれない。
1台のエレベーターが下に向かっている。その階数表示を横目に一番近い非常階段に向かった。
階段を駆け下りてロビーに出ると、エントランスのガラスドア越しに小さな影が見えた。赤い服の弓田未悠が駐車場を横切り、白い日差しの中へ溶けて行くところだった。頭が異様に大きく見えるのはヘッドフォンのためだろう。
「大人をナメンナヨ」
二階堂は少女を追って外に出た。その姿はまだ目の前の駐車場にある。頭は量子コンピュータでも身体は子供だ。
簡単に確保できる距離だった。グングン距離を詰める。
もう確保したのも同じだ。……そう判断した時だった。視界の端に光るものを認めた。弓田未悠にはもう一つの選択肢があることに気づいた。戦うという選択肢だ。
光るものは急速に近づく。メタルコマンダーだった。
「1、2、3……」
メタルコマンダーの数を10まで数えた。勝てないと即座に判断した。当然だ。1体でも適うはずがない。
少女の腕をつかむと自分のワゴン車の助手席に強引に押し込んだ。少女はされるがままで、抵抗しない。その顔に精気は無く、病気のようだった。
車をスタートさせた時、サイドミラーに跳躍するメタルコマンダーが映った。
車の屋根でゴンと大きな音がする。仰ぎ見ると、天井からメタルコマンダーの腕が木の根のように生えている。
「熊用のマグナム弾は効くのかな」
銃口を天井にむけて引き金を引いた。
――ドゥン、ドゥン――
天井を貫通した2発の弾丸はメタルコマンダーに命中したが、それが車から落ちることはなかった。
「やっぱり無理か」
再びガンという大きな音がして、もう一本の腕が天井を突き破った。天井を引きはがすつもりのようだ。
車の前には大通りの立体交差が迫っていた。二階堂はクラクションを鳴らしながら道路と並行して走る自転車専用道に入った。それは大通りの向こう側へ狭いトンネルで繋がっている。
「行けるか」……目測では、トンネルの幅も高さも車体ぎりぎりだ。
アクセルを踏むと、サイドミラーが壁に当たって砕け散った。天井に乗ったメタルコマンダーもサイドミラー同様、トンネル入り口の壁に激突した。握ったハンドルにも激しい衝撃があったがアクセルは緩めなかった。
トンネルを抜けると、車の天井は半分ほどなくなっていた。サイドミラーが壊れたので、窓から首を出して後方を確認する。メタルコマンダーの姿は無かった。
メタルコマンダーの運動性能が優れているとはいえ、全速力の車に追いつくような走りは出来ない。高速車両に対する戦闘では銃器を使う設定なのだ。工場出荷されたばかりで銃が搭載されていないのか、車内の弓田未悠の生命を守るために火器を使用しなかったのかもしれない。
「オープンカーになってしまった」
空を仰いだ。それから少女に声を掛ける。
「お前、ソフィだよな?」
彼女は首を横に振った。おびえた様子はない。
「そんなはずないだろう。ソフィだからメタルコマンダーを呼ぶことができた」
「私は弓田未悠」
その声は少女のものだった。
「そうだ。そしてソフィだ。違うと言うなら、頭の中身を見せてみろ」
「私をどうする?」
少女が大人のような口を利いた。
「どうしてほしい?」
「殺すのか?」
世の中を騒がし、そのために多くの馬鹿が、……それは自分の可愛い部下たちだが、……彼らが命を落とした。それだけでもソフィは死刑に値する。
今ここで殺してしまえば、ネオ・ヤマト国は正常に戻るかもしれない。……ハンドルを握りながら、感覚は懐に収めた拳銃にあった。
敵を殺すのに躊躇いはないが。……少女に目をやった。彼女は弓田未悠なのかソフィなのか、答えが出せない。
まして人間なら、子供は更に特別な存在だ。5歳の子供を殺せるわけがない。それもソフィの計画の一部なのか?
答えを出せぬまま、アクセルを踏み続けた。
さて、どこへ行く?
市庁舎周辺の地図システムは回復していない。もし、メタルコマンダーが地図システムを利用してソフィを追って来るなら、市庁舎へたどり着くのに時間がかかるだろう。
車を市庁舎に向けた。
いつの間にかサイレンの音が周囲にあふれていた。
『その車、止まりなさい!』
拡声器の声は無視した。
児童誘拐として手配されたか? 暴走のためか? 警官の方が、メタルコマンダーよりは話が通じそうだが。……頭の隅で考える。
二階堂は多くのパトロールカーを引き連れ、市庁舎の地下駐車場に走り込んで車を止めた。四方をパトロールカーに囲まれる。
パトロールカーから大勢の警官が降りた。見たところ、人間の警官ばかりだ。
『運転手、車から降りろ』
拡声器から声がする。
「こいつらは、お前が呼んだんじゃないよな?」
念のために少女に訊いた。
「違う」
「そうだよな。保護されたら、いろいろと面倒なことになるはずだ」
ワゴン車の周囲に警官が集まってくる。皆、銃を構えていた。
「両手を上げて表に出ろ!」
「了解……」両手を上げて車を降りる。「……プラズマ銃はあるか?」
「あるよ。逆らったらぶち込むからな。額に印は無いようだが、お前、ヒューマノイドなのか?」
一人の警官が拳銃タイプのプラズマ銃を構えて見せた。
「見たら分かるだろう。自分は陸軍の二階堂。生身の人間だ。プラズマ銃は、これから必要になる」
その言葉を真剣に聞く警官はいなかった。
「捜索願が出ている子供じゃないか?」
高齢の警官が弓田未悠を車から降ろす。それから二階堂を指して関係を訊いた。
「お嬢ちゃん。お名前は? あの人はお父さん?」
少女は首を横に振った。
「そうか。怖かったろう。もう安心していいからね」
警官は少女を抱きかかえ、二階堂から一番遠いパトロールカーに向かう。
「軍人かどうか知らないが、幼女誘拐か?」
若い警官が二階堂の手をねじ上げる。
「違う。加賀美市長代理に連絡を入れてくれ。ソフィが見つかったと」
「あの子はお前の子供じゃないと言っているぞ」
「あいつはソフィ。何というか、……簡単に言えば革命家、いや、テロリストだ」
「お前、頭がおかしいのか」
二階堂はボディーチェックを受け、懐の銃を取り上げられた。
「テロリストはお前だろう。銃刀法違反だ。たとえ軍人でもな」
警官の言葉に混じって通路の奥から反響する足音がした。
「来たぞ、戦闘準備!」
思わず、普段のように命じていた。周囲に目をやって戦場になる場所を確認する。
その行動が、警官には逃げようとしているように見えた。
「動くな」「いかれているのか」
彼らは二階堂を押さえつけ、両手に手錠をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます