第70話

 ルカは育児ヒューマノイドのテレサに監視されて、朧岬にあるホテルで一夜を過ごした。朝食は展望レストランだ。


「食事に行くけど、テレサはどうします?」


 人間と生活を共にしているヒューマノイドは同じ食べ物を摂取し、それをエネルギーに変えている。


「私はホールで待たせていただきます。レストランは落ち着きませんので」


 エレベーターを最上階で降りると、テレサはそこで足を止めた。


 ルカはレストランのテーブルに着き、ヒューマノイドのウエイトレスにモーニングセットを注文した。景色を眺め、今日の対策を考えた。すると背後から声を掛けられた。


「おはよう」


 腫れぼったい瞼をした赤坂と二階堂がいた。


「良かったです。無事で」


「次期総理大臣も無事で何よりでした」


 ニュースでも見たのだろう。彼らは首相選挙の結果を知っていた。


「やめてください。私は認めていないのです。……まさか、そのネタで昨夜、飲み明かしたのですか?」


 二人の腫れぼったい顔を見ながら席を勧めた。


「やることがなくて、一昨日の晩から一日中飲んでいたよ」


 二階堂が二日酔いのゲップをした。


「二階堂さん。送ってもらった上に、巻き込んでしまってごめんなさい」


 形ばかり頭を下げる。


「いや、いい。こんなことになるのではないかと、予想はしていた」


「交渉はどうなったのかな?」


 赤坂に尋ねられ、中央政府とのソフィを交えた議論を、端的に説明した。首相選挙については語りたくなかったが、それがソフィのハッキングや電磁パルス・ボム使用の鍵だと思うので正直に話した。


「それで、これからの交渉はどうなるんだ?」


 コーヒーを口に運びながら赤坂が訊いた。


「中央政府もソフィも意思を曲げないので、妥協点が見いだせないのです」


「ソフィは賢いくせに物分かりが悪いのか?」


「というか、頑固なのです。自分が絶対正しいと信じている」


「ボーイは豊臣アキラから人間を学んだのだろう。ソフィは、誰から学んでいる? それが分かれば、これからの行動が予測できるのではないか?」


「AIはネット上のすべてのデータから学んでいるのさ」


 二階堂の疑問に赤坂が応じた。


「そのことなのですが……」


 話しかけた時、ウエイトレスがやってきたので口を閉じた。ヒューマノイドにも人間にも聞かせたくない話だ。


「コーヒーのお代わりはいかがですか?」


「もらおう」


 三人が頼むと、ウエイトレスがコーヒーを注いで去った。


 ルカは、おもむろに口を開いた。


「ソフィは、人間の中にいると思うのです」


「人間だって?」


 赤坂がのけ反った。


「シッ、……声が大きいです。普通の人間ではありません……」


「チャイルドセンターで見た頭の中にチップを入れた、あれか?」


 二階堂はのみ込みが早かった。


「それはないだろう……」赤坂が反論した。「……あんな小さなチップでは思考は補完できても記憶容量はたかが知れている。第一、どうやってネットワークに接続するんだ? あれもこれもやったらチップが過熱して脳が溶けてしまうよ」


「補助デバイスです」


「補助デバイス?」


「弓田未悠……」ルカは戦闘時に失踪した五歳児の名前を上げた。「……彼女はいつも大きなヘッドフォンをつけていたそうです」


「ヘッドフォンにメモリーや通信チップ、補助電源が仕込まれていたら、……ということか……」


「それならありうるな。しかし、五歳だろう?」


「身体は子供でも、頭はスーパーコンピュータ並です」


「フム、……で、まだ見つかっていない?」


「ええ……」彼女は今、どこにいるのだろう?


「あのチップは五年も前から子供たちに装着されていたということか……」


「それは違うと思います。ソフィは特別な存在だとボーイが言っていたから。……おそらく、多くの子供にチップが装着されるようになったのは、チャイルドセンターに保育ヒューマノイドが導入されてからだと思います」


「それで大胆な行動に出たのか?」


「ええ、……おそらくソフィが自分と同じような存在を育てようとしているのだと思う」


「AIの知能と人間の生体反応を持った存在か……」


「なんてことだ」


 赤坂の顔が紅潮していた。


「俺からも、ひとついいかな?」


「なんでも、聞かせてください」


「たとえニセモノでも首相選挙が行われたということは、立候補演説を行った加賀美さんの3Dモデルがあるということだ。それがデータだけなのか、あるいは実態のあるモノなのか、心に留めておく必要があるだろう」


「ニュース番組では、加賀美さんの勝利記者会見が流れていたぞ。付き合いの長い僕にも本物に見えたな」


「加賀美さん似のヒューマノイドがいるのかもしれないな」


「二階堂さん、やめてください。気持ち悪い」


「で、チップのソフィは幼児の頭の中に隠れているだけでなく、その子供を操作していると言うのか、……酷いことをするな」


「おそらく、ノイドネットワーク内でも弓田未悠のIDを使っていると思います。二階堂さんはフォーブル教授の研究室に行って、ノイドネットワークの中の弓田未悠の居所を探ってもらってください」


「子供がそこにいるなんて、信じてくれるか?」


「覚えていませんか? 教授はノイドネットワークにという人間がいたと話していました」


「確かに、そんなことを言っていたな。で、そっちへ行ったら、加賀美さんの護衛はどうする?」


「ボーイと一緒に動いていれば、危害は加えられないと思います。相手が暴力に訴えるようなら、どのみちメタルコマンダーにはかなわないでしょう」


「ふむ。その子供を見つけてどうする?」


「もちろん。ソフィを取り除きます。人間に寄生した上に、その行動まで奪ってしまうのを認めるわけにはいきません」


「その子供が、今のままでいいと言ったら?」


 赤坂が意地の悪い質問をした。


「その言葉を信用できるか分かりません。……その時は、改めて考えます」


 それだけ決めて、三人は席を立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る