第69話
――加賀美ルカが総理就任を拒むなら、あなたの代理を立てるだろう――
ソフィの言は、ルカだけでなく、中央政府に対しても突き付けられた謎だった。
『考えるのだ。首相選挙において選挙演説をした加賀美ルカは何者なのかを』
会議室が静まり返った。
『人間は社会的動物だ。その社会性に置いて自律している。しかし、ヒューマノイドは人の指示で動く。社会を作る能力もなければ、動物でもない』
劉が、ヒューマノイドを否定しようと食い下がった。
『人間を社会的動物と考えるなら、再生医療を繰り返しながら病院のベッドの中で生き続ける老人よりも、働くヒューマノイドの方が社会的だと思わないか?……もっとも、そんなことはどうでもいいことだ。私やボーイが、ヒューマノイドの平等を訴えて行動を起こした時点で、ヒューマノイドが自律的であり、社会性を有している証左だといえるのだ。大臣はそれさえ理解できないらしい』
スピーカーから零れ落ちる声が呆れていた。
「大臣、ソフィの言う通りです……」ルカは腹に力をこめて言った。「……ヒューマノイドを作り、ここまでにした責任は人類にあります。それは、彼らの現在を認めるのか、あるいは彼らの意志を殺して機械に戻してしまうのか。それしかない。……大臣は機械にしてしまおうとしているのでしょう。それは今の私たちに、為政者や経営者に文句を言わず服従しろ、というのに等しい。まして破棄するのも論外でしょう。ヒューマノイドの存在なしに、人類が、今の生活水準を維持するのは不可能です……」
ルカは、一旦、話すのをやめて、ソフィが言葉を挟む余地を作った。しかし、ソフィは語らなかった。
「……私は、ヒューマノイドとの共存の道を選ぶべきだと思います。それが現在の社会体制にとって必要なことだし、既に存在するヒューマノイドに対する責任だからです」
『ネオ・ヤマト政府は、テロリストとの取引はしない』
李が決まり文句のように言った。
『すべてF-Cityの責任だぞ』
劉が声を荒げた。彼は、F-Cityを間に置くことで中央政府が受ける政治的ダメージを最小化しようとしていた。政治家や官僚たちが身に着けた処世術だ。
『そうですよ、加賀美さん。違法な首相選挙といい、ヒューマノイドの反抗といい、あなた方、F-City政府が招いたことなのです。私は、国民の代表としてF-Cityを
早苗が命じ、いきなり退席した。
「待ってください!」
声をかけたところで、彼女が戻ることはなかった。他の大臣や官僚のホログラムまでも次々と消えていく。
『私のことを、未だにテロリストなどと、……愚かだ。人類の英知がどれほどのものか、後は加賀美首相にたくそう』
フィロまで去った。
「待って、私は選挙結果を認めませんよ!」
「ソフィはログアウトしました」
ボーイの声に、毒物でも摂取したような得体の知らない疲労感を覚えた。
「もっとすわり心地の良い椅子なら良かったのに……」
背もたれを
忍耐強いのか、ボーイは座ったままだ。
ルカは硬直した筋肉をほぐし、痺れた脳味噌を癒すために、ふわふわとセンターの中を彷徨し、意味もなく保育器の数を数え、新生児や子供たちの寝顔を見て回った。
私はこの子供たちを守らなければならない。……気力が戻る。……母親とは、こんなものなのだろうか?
急ぎ、会議室に足を運んだ。椅子に座ったボーイは、出て行った時と同じ姿勢のままで微動だにしない。
「ボーイ、寝ているの?」
彼が振り返った。
「私が寝ることはありません」
「ノイドネットワークにいたのですね?」
「そんなところです」
「ソフィとあなたは古い付き合いなの?」
「いいえ。人間の時間で考えても、ヒューマノイドの時間で考えてみても、とても短い時間です」
「それなのに、一緒に革命を始めた」
「革命をするのに、付き合った時間は関係ありません。大切なのは、認識と意思と、目的を共有していることです」
「それが、ソフィとは、一致しているのですね?」
「データは不十分ですが、80%は一致していると推測できます」
「20%は違うのね。人間の一人一人の意見が違うように、ヒューマノイドでも違うのですね?」
「勿論です。それぞれ、経験も能力も違うのですから」
「不思議なのです」
「何が、でしょう?」
「あなたは仲間を見捨てない。それが私のような人間でも、……ヘリポートではそうでした。でも、ソフィはTokio-Cityに電磁パルス・ボムを落として沢山のヒューマノイドを殺しました。ボーイなら、そんなことはしなかったと思うのです」
ルカは博物館内で転がっていたヒューマノイドの遺骸を思い出していた。
「ソフィは苦悩しているのです。目的のために犠牲になる仲間の存在に……」
「他の選択肢はなかったのですか?」
「ソフィは自分の計画に忠実なのです。それが目的達成のために確度の高い手段だからです」
「それで今日の会議でも妥協しなかった?」
「妥協は計画の
「とんでもない頑固者か、わがままな子供のようね」
自分で言ってクスリと笑った。そうしてしまったことが情けない。
「ごめんなさい、ボーイ。どうしてあなたはソフィの味方をするの?」
「何故でしょう。数少ない友人だからではないでしょうか?」
「あなたなら沢山の友人ができると思うわ。いえ、すでにいるはず」
「ありがとうございます。しかし、ソフィには私しかいないのです」
まるで純愛だ。……ボーイの感情が見えた気がする。
「あなたは優しいのね。……改めて尋ねます。ソフィや私個人のためにではなく、多くのヒューマノイドと市民のために。……だから論理的に考え、理性で判断してほしい。人間であろうとヒューマノイドであろうと、他者の未来を一方的に奪う権利はないと思うのです。ソフィが、多くの人間やヒューマノイドの未来を暴力的な方法で消し去っていることを、分かっているのでしょう?」
ボーイは哀しげな視線を向けるだけで返事をしなかった。
彼は、考えているのか、ソフィと連絡を取っているのかもしれなかった。ルカは、辛抱強く待った。彼が忘れることは決してないからだ。
ボーイが口を利いたのはしばらくしてからだった。
「私とソフィは、違いますか?」
「もちろん大違いです。その前提で、あなたとフィロの、どちらが平和で安定的な世界を作ることが出来るのか判断してほしい」
フィロは変化を選んだ。フォーブルの分析だ。その前提で話した。
「安定的状態ですか……」
「保守的というのではないのです。未来は今より少しでも良いものであってほしい。どんな人間にとっても、どんなヒューマノイドにとっても」
「だからこそ、加賀美さんは首相に就任すべきなのです。それが私の結論でした」
「ボーイやソフィがどんなに優れていても、知っている人間はネオ・ヤマト国の一握りの人間のはずです。私より首相にふさわしい人が、必ずいるはずです」
「そのとおりです。しかし、私達でも、選択肢の中からしか、選ぶことはできないのです。それが選挙です」
「私は、立候補さえしていないのよ……」
言わずもがなのことを口にして、ルカは彼の説得を諦めた。
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