第68話
『意見は意見。選挙は選挙ということだ。法治国家として、いかなる理由があれ法は曲げられない。もちろんその上で私は人間関係も大切にしている。それは人間同士、尊重すべきだからだ』
李国務大臣が熱弁をふるった。
おかしい。……ルカは、ホログラムの大臣たちを見ながら選挙結果を考えていた。広報活動の成果もあって自分がF-Cityで認知されているのは間違いない。しかし、F-City以外では、知られているはずがないのだ。
「ソフィが、選挙結果に手を加えているということはありませんか? そうでなければF-Cityの市民抜きで、私が過半数の支持を得られるはずがない」
ルカの指摘にボーイが首を振った。
「国民の多くが、あなたがTokio-Cityに突入する姿を見ているのです。そんなあなたに、国民は未来を託すことにしたのです」
「あの時の動画があるというの? 電磁パルス・ボムで破壊されているはずなのに」
『そういえばそうだ』『あのキャンペーン動画はフェイク映像なのか』
事務官らの声が上がった。
「記録先が、電磁パルス・ボムの影響エリア外だとは考えないのですか?」
ボーイの指摘に会場が静まる。
「だとしても……」ルカは食い下がる。「……62.7%は多すぎる」
「加賀美さんらしくない。感情的な判断です」
新たな疑念にたどり着く。
「……選挙に参加したのは人間だけですか?」
『まさか、ヒューマノイドも数に……?』
「ソフィが、ヒューマノイドにも選挙に参加する意思があるかどうかを問いました。その上で、客観的な判断ができる者には投票権を与えました」
『横暴だ!』
山田副総理が声をあげた。
「非暴力革命です」
ボーイが応じた。
「あなたとソフィは、どこまでも人間との平等を求めようというのですね?」
「はい、加賀美総理」
「止めてください。私は総理大臣ではありません。……あなた方が求めているのは、私が総理になることではなく、ヒューマノイドの権利の問題なのでしょう? それなら、首相選挙は、その問題の解決後に改めて実施すればいい。違いますか?」
『あなたには困ったものだ。あなたが首を縦に振れば、国民もヒューマノイドも喜んだものを』
スピーカーから流れたのはフィロそっくりのソフィの声だった。
『ボーイ、君がこの会議の主催者ではないのか?』
劉内務大臣が声を荒げた。
『生憎、私にはホログラムに投影できる姿がないのでこのまま失礼させていただく。私は、政治家の皆さんが賢明な答えを導くことを期待するばかりだ』
『とにかく選挙は無効だと、副総理と加賀美市長代理が確認した。お前たちの思う通りにはならないぞ』
『悪あがきは止めた方がいい。我々が実力行使に出た時のことを想像してみろ。この小さな脳細胞にもその程度の知恵はあるはずだ』
姿のない声が笑った。
ソフィの自信たっぷりな声に、ルカは恐怖さえ覚えた。中央政府の面々も同じようだ。皆、一様に口を閉じた。
沈黙が続く。
ルカは違和感を覚えていた。ソフィが、この小さな脳細胞にも、と言ったからだ。
――この小さな脳細胞――
ソフィは人間の中にいる。……ルカは確信した。保育ヒューマノイドが乳児の脳内にチップを埋め込もうとしていた様子が脳裏に浮かんだ。
「あなたが望むなら、ヒューマノイドを対等な存在と認めましょう。但し、F-Cityの中だけです。それなら約束します。私が全力で市民を説得します。……今は、小さな一歩を大切にしてはどうですか?」
「なるほど。あなたは本物の政治家だ」
ボーイが微かに微笑んだ。
「政治家の言うことは信用できない?」
ルカは問う。
「政治家とひとくくりにするのは正しくないでしょう。……それはともかく、あなたの提案は十分検討に値します。だからこそ国民はあなたを首相に選んだ」
ボーイが正対して対話の姿勢を見せると、ホログラムの劉が立ち上がってルカを指さした。
『君は、市長代理の分際でなんてことを言うのだ。日本政府がヒューマノイドの参政権など許すはずがないではないか!……もし、ヒューマノイドの数が増えて、Cityや国家の行政権をヒューマノイドに握られたらどう責任を取るつもりだ』
「それはかつて外国人を排除した論理と同じですね……」
ルカはため息をついた。彼らは、まだなにも理解していないのだ。
「……それでは、このままヒューマノイドたちと戦争をしますか? 彼らは強いですよ。技術的に優れているだけではない。人間側が認めなくても、権利を求めるヒューマノイド側には大義があるのですから」
『機械のテロに屈しろというのか!』
「私はテロと思っていません。彼が言うのは、対等な存在として認められたいという自然な欲求です」
『欲求など……。あれは人間ではない!』
劉がボーイを指した。
「それもかつて、貴族が奴隷に向けた言葉と同じです。人間とヒューマノイド、……仕組みは違っていても、見た目は一緒。外見も行動も、そして思考も。……人間が作り出し、機能を高めたものだから人間と同じ自我を持つ運命にあったのでしょう。そしてそれが今だった、と言うだけです。歴史の転換期に立ち会えたことを、むしろ喜ぶべきではないですか?」
『いかなる理由があろうと、機械に権利など認められない……』
副総理の言葉をソフィが遮る。
『サイは投げられた。もし加賀美ルカが総理就任を拒むなら、私たちはあなたの代理を立てるだろう』
「私の代理を?」
ルカは驚き、天井のスピーカーを見上げた。せっかくヒューマノイドに有利な展開に持って行こうとしている矢先に、ソフィは何を言い出すのだ!
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