第67話
ヒューマノイドたちに拘束されたルカは、ボーイに導かれてF-チャイルドセンターのベッドと机が二つ並んだだけの当直室に軟禁された。
二階堂と赤坂は、育児ヒューマノイドに囲まれてどこかへ連れ去られた。
彼らが連れ去られる直前、ボーイがフィロの意向を伝えた。彼によれば、フィロが明日の午後、中央政府も含めた会議を開くということだった。赤坂が不安を表明する中、ルカは単独での出席を決めた。ソフィの要求が生存権や選挙権だというなら、対処できる余地があると考えていた。
その夜おそくなってから、ルカは水が飲みたいと頼んだ。喉が渇いていたわけではなかった。自分の要求に対してボーイがどういった行動に出るのかを知りたかった。
しばらくすると育児ヒューマノイドが水を運んできた。
「ミネラルウオーターです」
育児ヒューマノイドは、水指とグラスを机の上に置いた。
「ありがとう。あなたの名前は?」
声をかけると、育児ヒューマノイドはボーイに視線を投げた。返事をして良いものか、ノイドネットワークで確認しているようだ。
「テレサです」
育児ヒューマノイドが名前を言った。
「素敵な名前ですね。昔、同じ名の修道女が多くの子供たちを救ったのですよ」
「知っています」
「あなたもそうなりたいと思っているのね」
「はい。私は育児にプライドを持っています」
「ありがとう。それを聞けて良かったわ」
ルカは水をグラスに注いだ。テレサはその名を得て自分の使命を認識したのだろう。名前と言う単なる文字の集合がヒューマノイドの未来に意味を与え、自我を目覚めさせたのかもしれない。
ルカは、水を口に含む。ふと、疑問に思った。……何故、会議は明日の午後なのだろう? 交渉を急ぐなら、朝から始めればいいのに。
いや、時間があるのは助かる。ソフィの要求に対する具体策をまとめなければならない。……アインシュタイン博士の言葉を思い出す。――問題を正しく定義できれば、答えを導くのは難しくない――
私は、問題を正しく定義できるだろうか?……ルカは椅子に掛けたボーイを横目に考えた。かつて色気があると思ったボーイのボディーが、魂の抜けた人形に見えた。
翌日の午後、F-チャイルドセンターの会議室には安物のテーブルとイスが並んでいた。その二つにボーイとルカが腰を下ろした。
一晩、拘束されていたルカは、肉体も脳も、心も疲れ切っていた。硬いベッドに横になり、あれこれと考えてみたが良いアイディアが浮かぶことはなかった。結局、問題を正しく定義できなかったのだ。
「さあ、始めましょう」
ボーイの合図でホログラムが起動する。
ルカの前に中央政府の大臣と事務官たちの姿が現れた。彼らは、それぞれの好みの居場所で機械の前に座っているはずだ。
『会議の前に確認したい』
最初に声を上げたのは山田早苗副総理だった。
『加賀美市長代理は、本日午前、首相選挙が行われたことを知っていますか?』
彼女は、中央政府がその選挙を知らなかったように、ルカも知らないのではないか、と付け加えた。
「どういうことですか?」
ルカは問い返した。
『私たちのサーバーが機能を喪失している間に首相選挙が実施され、あなたがネオ・ヤマト国の総理に選ばれたらしい』
「……わ、私は、そんなこと知りません」
隣のボーイに目をやる。彼ならすべてを知っているはずだ。
「加賀美ルカ。……司馬重蔵前総理の死去に伴い、本日午前、首相選挙が実施されました。そこで、あなたは国民の62.7%の支持を得て、ネオ・ヤマト国総理大臣に選ばれたのです……」
ボーイの視線の先にフォログラムモニターが現れ、Cityごとの投票率や投票結果が表示された。選挙システムがダウンしているF-Cityの投票率は0%だ。
「……そして、あなた方は退任しなければならない」
ボーイはフォログラムの大臣たちに告げた。
そういうことか。……ルカは、会議が午後に設定された理由を、そして地下に籠った中央政府のサーバーが初期化された理由を理解した。全てがフィロによって用意周到に計画され、予定通りに進んでいるようだ。
「自分の知らないところで開かれた選挙結果に従えということ?」
ルカは抵抗を試みた。
「国民が選んだのです」
「F-Cityでは、選挙は行われなかったでしょ」
フォログラムモニターを指す。
「Cityが丸ごと棄権したのはF-Cityだけです。首相選挙の投票率は71.8%であり、選挙は有効です。あなたが国政の舵を取るべきだと、国民は言ったのです。その気持ちをあなたは受け止めるべきです」
ボーイが迫った。
「中央政府の大臣も官僚機構も、選挙の事実を知らないのです。選挙結果はどうあれ、適正な手続きがとられていないのであれば、選挙は無効です」
ルカの言葉に早苗が意を得たり、と手を打った。
『そうだ』『そのとおり』
中央政府側から複数の声が上がった。
「形式論ですね。実にくだらない……」ボーイが失望を態度に示した。「……私は、少子化で消えつつあるネオ・ヤマト国を再建できる実力が誰にあるのかを問いたい」
『形式を乱すことは、民主主義をなおざりにすることだ』
花岡梅花事務次官が声をあげた。
「選挙によって国民が答えを出した。それこそが内実」
『形式以外に公平公正な判断基準は存在しない』
「それは国民の意思を黙殺するということです」
ボーイが念を押すように言った。
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