第65話
市庁舎の東に向かってゆるい勾配の大通りを商業地区、住居地区と抜けると海が見えてくる。まっすぐ進めば森羅産業のヒューマノイド工場だが、途中、大きな交差点を左折して橋を渡ればF-チャイルドセンターのある宝島に行き着く。
F-チャイルドセンターの駐車場には焼け焦げた強襲ドローンの残骸があった。その近くに二階堂が車を停めた。普段なら外で遊んでいるはずの子供の姿はない。
「これは酷いな」
赤坂が焼け焦げた強襲ドローンの残骸を見上げてつぶやいた。直撃弾を受けても機体が爆発しなかったのはイオンエンジンやバッテリー、弾薬から照準が外されていたからだ。
「ボーイの操縦の腕は確かだな。知識も豊かだ」
車を降りた二階堂が言った。
ルカは二人を置きざりにして、管理部門が入っている建物に向かう。それにボーイが続き、二階堂と赤坂が急いで追った。
建物に入るとすぐに間山センター長が姿を現した。戦闘があって以来、彼女の表情に生気の色はなく、その日も困り果てたという様子だった。
「加賀美さん、どうも」
「Cityネットワークにつながっていないようですね。何があったのですか?」
「それが分からないのです。保育器は正常に動いているのに、他の設備は全くいうことをききません」
「森羅産業からメンテナンスは来ていないのですか?」
「彼らも懸命に調査していますが、手の打ちようがないと言うのですよ」
ルカは首だけ回して後ろのボーイに目を向けた。
「保育器は無事なのでしょう? それなら良いではありませんか。慌てる必要はありません。私が責任をもって対処します」
ボーイの態度に余裕が見られた。
それに疑問を持ち、ルカは保育器が並ぶメインフロアに向かった。
最初に立ち寄ったのはオペレートルームで、五台の汎用コンピュータが並んでいた。そのうちの三台には萌木色のユニフォームの技術者と森羅産業のメンテナンス担当者が並んで作業をしていた。彼らはCityネットワークに接続するための復旧作業をしており、他に一人、通常の保育器のモニタリングをしていた。
「ボーイはネットワークへの接続を手伝ってください」
依頼してから、モニタリングをしている技術者に訊ねた。
「胎児に異常はありませんか?」
「ええ。問題はありません。異常があれば、ここにリストが上がるはずですから」
彼は目の前のモニターを指した。
「そのリストを上げるシステムに異常がないか、調べてもらえますか?」
「何故です?」
技術者が不思議そうな顔をした。
「ヒューマンプログラムによる改ざんが行われているかもしれないのです」
説明すると間山が目を点にした。
「加賀美さん、本当ですか?」
「ここがCityネットワークから切り離されているのは悪意のある攻撃です。切り離されている間に、ここで何かが行われていると考えています。ただ、それがシステムの改ざんなのか、他の何かなのかは分かりません」
間山は、信じられないという表情をしたが、やがて落ち着きを取り戻した。
「こっちをチェックしてもらっている間、保育器を見せてもらえますか?」
間山に案内を頼み、移動する。
メインフロアに並ぶ保育器は、事務机ほどの大きさで、ステンレスの外装が照明を眩く反射していた。近寄っても音はせず、匂いもない。
「静かなものだ。この中に人工子宮があるのだな」
赤坂が感心し、間山がうなずいた。
「赤ちゃんは、この中で母親の疑似心音と子守唄を聞いています。ここから内部の映像を見ることが出来ます」
スイッチを押すと、七インチほどのモニターに子宮内の様子が映った。辛うじて哺乳類らしき姿をした胎児の姿がある。
「この子は八週ですね。順調に成長しています」
四人は代わる代わるモニターを覗いた。
「問題なさそうだな」
赤坂の楽観的な声に、ルカはモヤモヤしたものを覚えた。
「チャイルドセンターはここだけではありません」
足を速めて隣の建物に向かう。
「ここはチャイルドケア育児センター、……両親に引き取られるまでの新生児と事情があって預かっている五歳までの未就学児がいます」
二階堂に説明しながら建物に入ると、保育主任の殿村が顔を見せた。
「何か変わったことはないですか?」
通路を歩きながら訊いた。
「ネットワークに接続できないこと以外に問題はありませんが……」
ふと、5歳の少女がいなくなっていたことを思い出した。問題がないというからには、発見されたのだろう。
「あの日、姿が見えなくなっていた少女は見つかったのですね?」
「弓田未悠ですね……」彼女が言いにくそうに話した。「……警察からは、何の連絡もありません。寮監も探しているのですが、そちらもまだ……」
「おかしいですね」
誘拐?……嫌な予感がした。
「全力で捜しているのですが……」
「警察にも力を入れて探してもらいましょう」
少女の話はそれで終わった。
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