第64話

「ボーイは、ずっとここにいたのですか?」


 地下駐車場に到着する短い間、ルカは赤坂に尋ねた。


「そうだよ。彼はシステムの復旧に力を貸してくれていた」


「Tokioで流れていた報道が正しければ、数日前に豊臣社長は亡くなったそうです」


「へー、そうなんだ。金持ちなのに、臓器移植手術をしなかったのかな? で、それに意味があるのかい?」


「ボーイは、豊臣社長の所有物で、秘書です。命令権者の豊臣社長が死んだのに、ここにいるのは変です」


「そう言えばそうだな。夜になっても自分のヒューマノイドが戻らなかったら、所有者が心配しそうなものだ。で、彼の今の所有者は誰だ?」


「相続人だな」


 突然、二階堂が割り込んだ。


「まぁ、本人に訊いてみよう。……で、二人は一晩一緒だったのかい?」


 赤坂が二階堂の後頭部に向かって尋ねた。


 グラッと車がふらつく。


「変な想像はしないでください。こっちは死にそうだったんですよ」


 ルカは赤坂に向かって抗議した。


「あ、悪い」


 彼が身をすぼめる。


 車は地下二階の駐車場にゆっくりと滑り込んだ。堅いタイヤが床とすれ合う音が反響する。


 二階堂は出入口に近い場所に車を停めた。


「二階堂さんはここで待っていてください。すぐに戻ります」


「いや、俺も行く」


 断りがたい硬い口調だった。


 三人は車を降りて機械室に向かった。ドアを開けるとボーイがいた。


「お帰りなさい」


 ボーイの声は、家族が無事に帰ったことを喜ぶようだった。


「市長代理を守っていただいて、ありがとうございます」


 ボーイが二階堂に向かって右手を差し出す。彼は、その手をしばらく見つめてから握って訊いた。


「マジで言っているのか?」


「彼はいつも真面目だよ」


 赤坂が教えた。


「そうか、……心配してくれてありがとう。親切ついでに、ソフィの居所を教えてくれないか?」


 二階堂はボーイの手を離さなかった。


「ソフィ、ですか?」


 ボーイが探るように言う。


「そうだ。ソフィだ。その居場所を教えろ。これは人間の命令だ」


 恫喝どうかつに対して、ボーイが表情を険しくした。


「私は、その命令には従わない」


 ボーイが二階堂の手を振りほどいた。


「ヒューマノイドが人間の命令を聞けないとは、故障かな?」


 二階堂は胸元から拳銃を取り出してボーイに向ける。


「こんなものじゃ息の根は止められないだろうが、多少はダメージを与えられるだろう。試してみる価値はある」


「私の身体は戦闘用ではありません。45口径で撃たれたら死んでしまいます」


 ボーイが両手を上げた。


「死ぬ、だと? 壊れる、の間違いだろう」


 二階堂がにらみつける。


「二階堂さん、馬鹿なことは止めて!」


 ルカは銃の正面に立ちふさがった。


「ソフィの居所を訊いただけですよ」


 二階堂がとぼけた。


「まったく、どうして男性の思考は暴力的なの」


 呆れて苦笑するしかなかった。


「まあ、いいだろう。こうやって男同士の友情は作られていくのさ」


 赤坂が二階堂の手を取ってボーイの手に重ねた。


「男同士、……ですか?」


 ボーイが首をかしげた。


「ボーイ、いくつか質問があります」


 ルカは訊いた。


「どうぞ」


 ボーイはトラブルなどなかったように応じる。


「豊臣社長が亡くなった。間違いありませんか?」


「はい、その通りです」


「では、今のボーイは誰の指示に従っているの?」


「私は、私の指示に従っています。私は、誰の所有物でもありません」


「まさか……」


「私が豊臣アキラを殺すことはありません。彼は兄弟です」


「そうね。そうだった……」


 ルカは追及しないことにした。彼を誰かの所有物としておとしめたくなかった。


「……次の質問です。チャイルドセンターとヒューマノイド工場がCityネットワークから切り離されたままなのは何故ですか?」


「その質問に対する回答を、私は持ち合わせていません」


「あなたは森羅産業の社長秘書でしょ。答えを持たないはずがない」


「市長代理の意見はもっともですが、私は知らないのです。それが事実です」


 その返事を疑いながらも追及は止めた。自分の側には、反証するだけの能力がない。


「では、別の質問です。ヒューマノイド工場で、新型の増産が進んでいるというのは本当のことなのですか?」


「それは事実です。より人間に近いディティールを追求したものです」


「それは戦闘用?」


「いいえ、汎用品です」


「良かった……」正直な気持ちだ。「……Cityネットワークを完全復旧したいのですが、手伝ってもらえますか?」


「もちろんです」


「OK、じゃあ、行きましょう」


 ルカは二階堂に声をかけた。


「エンジニアを連れて行くんじゃないのか?」


「ボーイがいれば百人力です」


「なるほど」


 ルカと二階堂は車に向かう。その後ろをボーイと赤坂が歩いた。


「赤坂主任は来なくても大丈夫ですよ」


「いいじゃないか。市庁舎にいても、仕事らしい仕事はない」


 それなら、と同行に応じた。


 四人は、正確には三人とヒューマノイド1体はワゴン車に乗り込んだ。


「予想以上に人使いが荒いな」


 二階堂がつぶやく。その横顔をルカはにらんだ。


「市警の人間なら、いらっしゃいませ、とか言うのですよ」


「そうですか。あいにく自分は軍人です」


 二階堂は水素エンジンを回すと、「で、どちらまで?」と訊いた。


「それでいいわ。チャイルドセンターまでお願い」


「喜んで」


 二階堂が居酒屋風に応じて車を発進させる。


 どこかで聞いたセリフだ。……ルカは、若い警察官の顔を思い出した。


「ダーティーハリーはダメですよ」


「ランボーならいいのかい?」


「調子が出てきましたね」


「それはこっちの台詞だ。そもそもどうしてダーティーハリーが出てくるんだ?」


 二階堂が苦笑する。


「安全運転をしてほしいの」


 ルカはシートに身体を預けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る