第61話

「早くしろ。車が来るぞ」「さっさとやっちまおうぜ」


 大男の仲間が、いらついていた。彼らは後部座席のドアを開けようとしたが、ロックがかかっていてびくともしない。


「乱暴は止めてくれ。この車は借り物なのだ。トランクの中の荷物も自分のものではない」


、だとよ」


 大男が仲間に顔を向け、笑ってみせた。


「再生用の臓器は持っているか?」


 二階堂が彼に訊いた。


「ふざけたことを。それが持てる身分なら、こんな所にはいないさ」


「残念だな」


 二階堂の右手が、襟首を握った大男の肘を押さえて動きを止める。同時に、左手に握った拳銃を彼の額に当てた。


「な、何をしやがる!」


 慌てふためく大男の瞳が小さくなって宙を泳いだ。


「すまないが職務中なのだ。邪魔をするならこの頭を吹き飛ばす。再生できない自分を恨むのだな。……ああ、訂正だ。脳は元々再生できないな」


 二階堂の話が終わる前に、周囲の男たちは逃げ出した。


 大男も、二階堂の腕を必死に振りほどき……、というより、二階堂が突き放し、逃げることを許した。


 クモの子を散らすようにとは、正にこうした状況だろう。……ルカは逃げる男たちの背中を見送った。


 二階堂は何事もなかったようにアクセルを踏んだ。


 男たちの逃げこんだ闇が、後方に流れて溶けた。


「後部座席に移る必要はなかったみたいですね」


 ルカは、深い闇を見つめていた。


「いや。奴らの得物が分かりませんでしたから。手ぶらで運が良かった」


 言葉とは裏腹、彼の言葉には自信が見えた。


「あまり感心できません」


「ん、何が、です?」


「拳銃を使うのも、言葉遣いも、です。場合によっては、軍がメディアに叩かれることになりますよ」


 二階堂がルームミラーに映るルカに視線を飛ばした。


「こんな所にメディアはいません。あいつらがメディアに訴えることもない。銃を使うのは、彼らに自分の行動が引き起こすリスク、いわゆる本当の危険とは何かを教えるためです」


「ものは言いようですね」


「彼らは学習し、強盗のような真似を止めるだろう」


「止めない可能性もあるわ」


「フム、……その時彼らは、なけなしの金をはたいて銃を用意している」


「武力による威嚇いかくは、結局、更に強い武器を必要としてしまう」


 ルカは、メタルコマンダーの無骨な姿を思い出した。


 ――ゴロゴロゴロ――


 稲妻が走り雷鳴が轟く。


「普通の人間なら、金持ちをうらやみ、ねたみ、その富を得たいと渇望かつぼうするものです」


「この世に貧困がある限り、犯罪や暴力はなくならないと言いたいのね」


「貧困が無くなっても、何らかの格差がある限り闘争の連鎖は続きます。暴力はその一形態にすぎない」


「誰もが一番になりたい?」


 ぽつりぽつりと雨粒がフロントガラスを濡らした。


「そうは思わないが……。人それぞれ、いろいろな考え方や生き方がある。しかし、一番になりたい人間は一人じゃないし、そういった人間は自分の考えが正しいと信じている。すると他人が全部、敵に見えるものです」


「二階堂さんの言う通りだわ。そんな世界で平和を求めるのはバカなのでしょうか?」


「自分は好きですよ。バカな生き方」


「良かった……」


 彼の答えに満足して目を閉じた。しかし、揺れがひどくて眠ることはできなかった。


「訊いてもいいですか?……」ルカは返事を待たずに言葉を続ける。「……軍は、いつからサイボーグを造っているのですか?」


「機密事項です」


「彼らは、どうしてサイボーグになることを受け入れたのでしょう?」


「半分は訓練で負傷した者です。欠損を補うために身体を機械に変えた」


「残りの半分は?」


「志願した者です。楽して強くなりたいという奴と、貧しい奴……。そんな連中です」


「サイボーグは給料がいいのね」


「それも機密事項です」


「みんながサイボーグになるわけではないのですね」


「今回のようなことがありますから……。サイボーグ技術は、まだ不完全です」


「彼らは実験段階ということ?」


「とんでもない。既に実戦部隊です。ただ、進化の過程というだけです」


「二階堂さんは、どうして軍人になったのですか?」


「軍隊なら実力主義だと思ったからです。強くもなりたかったし、公務員という安定した地位も魅力だった」


「それで、結果はどうですか?」


「ふむ、……実力主義というのは嘘だった。軍閥ぐんばつ、……正確には学閥と飲み仲間が全体を仕切る組織です。強くはなれた。それでもメタルコマンダーやサイボーグには敵わない。公務員というのにも意味がなかった」


「後悔しているのですか?」


 短い沈黙があった。


「……部下には言えないが、正直に言えば後悔している。特に今回の戦闘では打ちのめされた」


「私たちに負けたことは気にしなくていいのですよ」


 ちょっとからかってみた。


「加賀美さんは自信家だな……」苦笑が浮かぶ。「……負けたことは問題ではない」


「あら……」


 ルカは後部座席から身を乗り出した。二階堂をよく見るためだ。


「後悔は、相手にしたのがネオ・ヤマト国人だったことだ。部下が死んだのもそうだ。軍に身を置く以上、死ぬことは自分であれ、部下であれ覚悟していた。しかし、銃を向ける相手がネオ・ヤマト国人で、部下を殺したのもネオ・ヤマト国人というのには、考えが及ばなかった……」


 ルカは、目の前で真っ二つになった井上の姿を思い出した。自分が引いたトリガーは、あまりにも軽かった。みんな、好きで銃を握っていたわけではない。握らされたのだ。今になってそう思う。


 ――バタバタバタ――


 大粒の雨が車体を打ち、タイヤが水溜りを駆け抜ける。


 雷鳴は雲の上にあって、時折、厚い雨雲が色を帯びた。


「急いだほうがいいです。荒れたら、道が水没するかもしれません」


「大丈夫、こいつは水陸両用です」


 二階堂がハンドルを撫でた。


 ルカはシートに身体を沈めて目を閉じた。


「……加賀美さんの気持ちは分かっているつもりです。井上の死を無駄にしないでほしい」


「そのためにソフィを倒さないといけない」


 ルカは覚悟し、二階堂がうなずいた。


 世の中で命をかけるのに値するものは何だろう?……車に揺られながら考えた。


 それから揺れに我慢したのは10分ほどだった。どこを境にということもなく揺れは徐々におさまった。どこかのCityに近づいたのだ。


 ルカは考えることを止めて、魂を睡魔に売り渡した。

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