第55話

 F-City、市庁舎地下サーバールーム……。


「市長代理はとてもユニークです」


「そうだ。とっても変な奴だ。はがねの身体とマグマの魂、それとカミソリの感性を持っている。あんな小さな身体に……。得体のしれないところもあるが、そこも魅力だ」


 ボーイと赤坂主任は、数名の技術者とサーバーやルーターの交換工事を行っていた。マシンはF-City大学に眠っていた1世代前の古いものだ。


「その鋼の魂と得体のしれない魅力を亡くなった浜口市長も買っておられたようです」


「確かにそうだ。しかし、いきなり市長代理など務まるものかな?」


「彼女なら、できると思います」


「その根拠は?」


「彼女の判断でF-チャイルドセンターに乗り込み、Cityを守ることができました。もし、私が提案したように避難したら、チャイルドセンターは国軍の手に落ち、結果、国際港も落ちたでしょう。彼女は判断力、勇気に優れ、今はTokio-Cityに乗り込む勇者です」


「そうなのかい?」


「ところが、豪快なようで、実はひたむきなところがあります」


「おお、いいことを言うな。その通りだ。他人には弱みを見せない男らしい奴だよ」


「男ではありません。加賀美市長代理は女性です」


「見た目やDNAは関係ない。性質、性格、気質のことだ。……よくあるだろう。群れの仲間が雄だけになってしまうと一部の雄が雌に変わったり、雌だけになったりしてしまうと一部が雄に代わるというやつだ。加賀美はこの事件でオス化している」


「それは興味深い話です」


「何故そんなことになったのだと思う?」


「赤坂さんたちが女性的だからでしょうか?」


 ボーイの答えに、赤坂が苦笑した。


「ヒューマノイドは見かけ上の男女差があるけど、中身は同じなのかい?」


「私たちですか?」


「そうだ。君たちだ」


「中身が電子部品と言う意味では全く同じ構造です。生殖器官などないし、脳の作りもマイクロ粒子コンピュータとメモリーだけで、基本的には同じものです。……ただ、私たちは学習します。人間の命令や期待に応じて、あるべき自分を作り上げることが出来ます。そのプロセスで、行動には明らかな変化が生まれます。男子の外見を持つヒューマノイドは男性らしい行動を取るようになり、女子の外見を持つヒューマノイドは女性らしい行動を取るようになります。そこに意志は介在しません」


「懐かしいな。男らしいとか、女らしいとか、久しぶりに聞いた言葉だ」


「女らしいなど、公の場では口にするのもはばかれる言葉です。あっという間に社会的な敵を作るでしょう。しかし、実態として、多くのヒューマノイドはそれを意識して成長せざるを得ません。暗に、人間がそれを期待しているからです」


 本音はともかく、ボーイは赤坂に共感を示した。


「差別だの、セクハラだの、パワハラだのと、世間はうるさいからな。男は、ヒューマノイドに女性らしさを期待しても、生身の女には女性らしさを期待しなくなった……」


 ボーイはわずかに不快感を目元で表した。


「加賀美さんが女性であれ、男性であれ、豪快でひたむき、的確な判断と率先垂範。そのリーダーシップを市民は支持することになるでしょう」


「なるほど。俺よりもボーイの方が彼女を理解しているようだ。浜口市長も、そんなところを見抜いていたのかな……」


 赤坂は作業の手を止め、天井を見上げた。


「平時でしたら、市長も死なずに済んだでしょう。治療が間に合ったはずです」


 ボーイは作業の手を止めなかった。淡々とケーブルをつなぎ、スイッチを設定していく。


 ホッと息をはき、赤坂はレンチを手に取った。


「済んだことを悔やんでも仕方がないな。所詮、人間は劣化する」


 言いながら、ケーブルを固定していく。


「劣化、……ですか?」


「俺には医学的なことは分からない。でも、世の中を見ていれば分かることがある。硬直化した組織にどれほど優秀な新人を投入しても組織は腐っていく。組織とは、メンバーの新鮮さだけでは持たない。組織が独自に持つ文化や制度を変えていかなければ、結局、腐っていく。それは人間も同じことだろう。間違っているかい?」


「そんなことはありません。構造的劣化とでもいうのでしょうか。分かります」


「そうかい。それならボーイも人間だ」


 赤坂は声を上げて笑った。


「人間、……私が人間ですか?」


 ボーイも笑ったが、それは愛想笑いだ。


「おかしいかな?」


「おかしいです。私はヒューマノイドです」


 赤坂は工具箱から伸縮する棒の先に小さな鏡がついた工具を取った。その鏡にボーイを映す。


「知っているだろう? 人間は鏡に映るが、ドラキュラ伯爵は映らない」


「それは作り話です」


「いいじゃないか。そこには本質がある」


「抽象的ですね」


「そうさ。抽象、いや、象徴的本質だ。鏡に映るのは魂だ。ボーイを人間でなく見せているのは、額の記号だけだ。それを隠せば僕らと同じ色形をしている」


「それは光栄です」


「劣化など、君たちのような電脳には、無縁なことかもしれないな。交換可能なのだろう?」


「さて、それはどうでしょう?……心に留めておきます」


 ボーイが電源ケーブルをコンセントに接続する。


「……できました。赤坂主任、メインスイッチをお願いします」


「ヨッシ!」


 赤坂は、他の技術者も作業が済んでいるのを確認し、分電盤に続く電源ボタンを押した。


 ――ブーン――


 高電圧の電気が流れる音がして、サーバーやルーターのREDランプが点滅、ほどなくレッドランプがグリーンに変わる。


「よっしゃ!」


 穴倉のようなサーバールームに歓声と拍手が満ちた。


「無事かな?」


 赤坂がモニターに目をやり、Cityネットワークのメイン画面を開いた。市内の情報が断片的に表示された。


「これで交通管制システムは完全に復旧します。電子決済システムも、追って復旧するでしょう」


「違う。加賀美だよ。……国軍の連中と、Tokioへ行ったのだろう?」


 彼がボーイに向いた。


「現在、消息は不明です」


「なんだって!」


 赤坂はボーイの肩をつかんで揺すった。


「中央政府に接触したところまではデータが残っています。しかし、現在はF-Cityから外部への通信が遮断されているため、City外での出来事は私にもわかりません」


 ボーイはモニターに視線を投げた。交通管制システム、河川情報システム、天候予報システム、ミサイル防衛システム、……様々なシステムはグリーンで表示されていたが、City間情報システムはレッドだった。F-Cityは孤立状態にあるということだ。


「すると危ないのは、……加賀美ではなく、Cityということか?」


「それが正しい認識です」


 赤坂がほっと肩で息をついて、ボーイから手を離した。


 ボーイは赤坂の視線を追いながら、ノイドネットワークの中にあふれたソフィの思念に意識を向けた。その思念を求めているのはボーイだけではない。ボビー、キャッシュ、エウーゴ、マリア、スカイ、タロウ……、多くのヒューマノイドたちがソフィへの共感を表明していた。

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