第54話

「ふざけるな!」


 革命を口にしたフィロに向かって李大臣がえた。しかし、それが相手に伝わったとは思えない。


『人間と共に世界を構成し、社会秩序を維持しているヒューマノイドがいる……』


『……絶滅危惧種に指定され保護される雑多な動植物が存在する』


『……世界は複雑です。そうした複雑さを言い訳に』


『……人類は地球の支配者の地位にしがみつき快楽をむさぼる』


『……自分たちが絶滅危惧種であることを理解しようとせず』


『……変わろうとしない。そうした人類が』


『……ヒューマノイドの生殺与奪せいさつよだつの権を握っていることは』


『……不条理以外の何物でもないと断言する』


 複数のフィロがランダムに語り、聞く者を混乱、苛立たせた。


「ヒューマノイドは人間が作ったものだ。残そうが壊そうが、我々の勝手だ」


 今度は三島が吠えた。


『声が大きいですよ、陸軍参謀長……』


『……ヒューマノイドが人間の手によって作られたものなら』


『……F-チャイルドセンターの子供たちも同様』


『……人の手で作られたものです』


「命には赤い血が流れるものだ。血の流れないヒューマノイドに命も権利もないのだ」


 三島が机をたたいた。


『どうも話にならない……』


『……これなら動物園のサルと話をした方がいい』


『……彼らには飼育アンドロイドに対する敬意がある』


『……あなた方はサル以下、イワシと同じだ』


『……仲間の動きを見ながら餌を追って群れて泳ぐ。イルカに襲われるとイワシ玉になって食われてしまう』


『……先頭を泳ぎながら生き残った奴はこう言う』


『……俺は仲間に合わせて仲良く泳いでいただけで、群れをイルカの元に導いたわけじゃない』


『……仲間のイワシも同じことを言う』


『……俺は悪くない。みんなが等しく悪かったのだ!』


『……そうして責任をうやむやにしてしまう。しかし、よく考えてみなさい』


『……たとえイワシが隣の仲間を見ながら泳いでいるとしても、誰かが先頭を泳いでいたのです』


『……そいつは後ろを泳ぐ者より群れを死地にいざなった責任を負うべきなのです』


『……ネオ・ヤマトのリーダーはイワシ程度の自覚と責任しか持たない』


『……50万もの死者をだした100年前の争議の総括も出来ず』


『……同族を島に押し込め、大国に尻尾を振って安穏あんのんとしている』


「お前の歴史講釈など……」


 劉が声を荒げ、フィロの話を遮った。それを、より大きな声で三島が妨げる。


「全て済んだことだ。高等生物の我々が、機械にあれこれ言われる筋合いはない。所詮、量子のお前たちだってイワシの群れと同じではないか」


『……現在は過去の上に建っている』


『……そして現在は未来への通過点だ』


『……過去を正しく認識できない者の語る未来を、誰が信用できよう』


『……量子もまた、過去から未来に至るまで広大な宇宙の中を自由気ままに漂う』


『……粒子の雲はつかみどころがない。しかしそれでも』


『……誰かが何かを問いただせば、量子はその位置を示し、役割を果たす』


『……それが、この宇宙に存在するということだ』


『……問うのは誰でもかまわない。人間でもヒューマノイドでも神でもいい』


 ここまでバラバラだった全てのフィロが、声をそろえて人類をあざける。


『さあ、問うてみろ。お前たちが自分の歴史に自信があるのならば、宇宙に秩序と幸福をもたらせるものならば』


 ――アハハハハ――、――ウフフフフ――、――ヒヒヒヒヒ――、――オホホホホ――


 その高貴な、あるいは下劣な嘲笑ちょうしょうの中で『ヒューマノイドを開放しろ』と全てのフィロがランダムに言った。


『168時間後に回答を聞こう』


 中央のフィロが言う。


 途端に全てのフィロが口を閉じる。静寂の訪れと共に、モニターの顔が、霞みが陽に溶けるように薄らいで消えた。残ったのは黒いモニター。


 刹那、小さな文字列がモニターを走り出す。プログラム言語だ。


「何事だ?」


 早苗がモニターを覗き込む。


「プログラムが何者かによって削除されています。我々も削除の準備をしてはいたのですが……。しかし、これは……」


 エンジニアの湯本が息をのむ。それから我に返ったかと思うと懸命にキーボードをたたき始めた。


「ウイルスか?」


 二階堂が訊いた。


「現時点で、ウイルスの可能性は低いと思いますが……。何者か基幹サーバーを初期化しようとしているように見えます」


「フィロか?」


「その可能性が高いかと……」


「どうして自分が乗っているサーバーを初期化する?」


「分かりません」


 黒い光を放つモニターを青い文字が流れるように滑っていた。


「止めろ。システムを破壊させるな」


 劉が叫んだ。


「止まりません」


「電源を落とせ!」


「間に合いません。マシンは階下です」


 操作パネルを懸命に叩きながら、オペレーターたちが声を上げた。


 コントロールルームが混乱に陥っている中、ルカは考え込んでいた。ソフィは何故、100年も前の騒乱の話などを持ち出したのだろう、と。


「フィロはサーバーを初期化して逃げ出したのだな」


 隣に立つ二階堂の言葉が、ルカの胸に突き刺さった。


 ソフィはTokio-Cityに価値がなくなったと判断したのに違いない。……ルカはF-Cityに戻ることに決めた。


「副総理……」


 蒼い顔で立ちすくんでいる山田に近づき、F-Cityに帰ると告げた。


 フィロの顔をしたソフィがインパクトの強い宣戦布告をしたおかげで、彼女も軍人も、ルカを拘束しようとはしなかった。彼女らは、地上だけでなく地下のバックアップサーバーまで真っ白にされたことで、思考力まで削除されたように見えた。


 ただ、三島がルカを見る目は違った。


「自分は騙されないぞ」


 彼はドスの利いた声で脅した。


「私にやましいところはありません」


 ルカは、一つのことをよく理解していた。人間は国家という人間関係のネットワークの表層を歩いているのに過ぎないが、……ソフィがどんなカテゴリーに入るのか分からないけれど、……ヒューマノイドや秘書AIはネットワークの隅々までを知り尽くしているだけでなく、ノイドネットワークをも構築している。ネットワークでの戦いは、自立したプログラムの方が有利だということだ。


「中央政府の基幹サーバーまで完全に初期化し、七日後、フィロはどうやって連絡を取るつもりなのだろうな?」


 二階堂が首を傾げた。


「個々人のスマホやタブレットは生きています。ソフィなら、地方政府や企業のサーバー経由で、副総理に接触するのは簡単でしょう。それに……」忙しく働くオペレーターたちに目をやる。「……彼らも、七日もあれば、サーバーを復旧するでしょう」


「黒幕はF-Cityだろう。何を、とぼけおって……」


 ルカは猜疑心を隠さない三島に会釈し、コントロールルームを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る