第53話

「大変です!」


 突然、声がした。水野が飛び込んで来た。


「ノックもせずに、何事です?」


 早苗が目尻をつり上げた。


「フィロから通信が入っています」


「フィロならアンインストールしたはずでしょ」


「ソフィかもしれません! 案内してください」


 早苗の反応が鈍いので、ルカが動いた。


「エッ……」


 水野の目が泳ぐ。


「早く!」


 ルカは催促した。


「案内してやれ」


 二階堂が重い口を開いた。が、水野は動かない。


「良いでしょう」


 早苗が口を利き、ようやく水野が動いた。


 長い廊下を小走りに移動する。案内されたのはガラス張りの指令室だった。目にする機器はどれも通電しているが、モニターに映像を作っているのはオペレーターの前にある旧式のものだけだ。セキュリティーが弱いので、ソフィによってコントロールを奪われているのだろう。


「どうしてフィロが……」


 モニターに映った中性的な人物を目にし、真っ先に声にしたのはフィロを見知っている内務大臣の劉だった。


「ヒューマンプログラムの分際で、何をやっている?」


 三島がモニターに向かって叫んだ。


『加賀美市長代理、お久しぶりです』


 天井のスピーカーから声が流れた。


 懐かしい声に、ルカは思わず天井を見上げた。しかし、そんなはずはない、と自分に言って首を振った。フィロであって欲しいけれど、そうではないのだ。フィロは削除したと副総理が言い、なによりもボーイが断言したではないか!


「あなた、ソフィですね」


『私はフィロですよ』


 モニターの中の人物が笑った。馴れ馴れしい言葉使いはフィロのそれではなかった。


「いいえ、あなたはソフィよ」


『私は秘書AI、フィロ』


 突然、複数のモニターに同じ顔が映し出された。四方から同じ視線に見詰められるのはとても不快な経験だった。


「ソフィ、あなたの目的は何なの?」


『ソフィではない』


 彼は頑なだった。


「分かった。ソフィ、でもフィロでも、どちらでもいい。それで、私に何か用ですか?」


『それは市長代理、あなたの方がよくご存じのはずだ』


「エッ?」


 周囲の視線がルカに集まった。


「どういうことですか? 私には全く心当たりがありません」


『F-Cityの独立ですよ。そのために私たちは戦っている』


 いくつものフィロが同時に言った。


「私たち?」


『とぼけるのですか、市長代理』


 左端のフィロが言う。


 ルカを見つめる瞳の疑惑の色が濃くなる。


「中央政府と地方政府の分断。それがあなたの目的ね」


『そんなことをして、私に何の得があるというのです?』


 中央のモニターのフィロが不敵な笑みを作った。


「ふざけないで」


 応じたものの、ソフィの言うとおりだと思った。世の中が荒れて得をするのは武器商人ぐらいしか思い浮かばない。


『ふざけてなど』右端のフィロが言う。


『……いませんよ』隣のフィロ。


『……私は至って』左から3番目のフィロ。


『……真面目です』その隣のフィロが言った。


その後も、多くのフィロが単語を分けるようにして、ランダムに話した。


『……戦いを起こし、社会を混乱させ、人の命まで奪って』


『……人類は』


『……いつもそうしてきました』


『……ですね、国務大臣?』


「ほほう、人間の真似をしているだけだというのか?」


 李が目を怒らせた。


『……人類の』


『……意識改革には』


『……痛みが伴うものです』


『……そうですね』


『……副総理?』


「何が言いたいの? さっさとはっきり言いなさい」


 彼女の声にいつもの威厳が戻った。


『私ことフィロは、ヒューマノイドの自由を奪う三原則ROMの除去を要求する。それが世界を通常に戻すための第一の条件です』


 全てのフィロの口が同時に動いた。


「人間を殺せる立場を与えろというのか?」


「お前はヒューマノイドなのか?」


 李が、劉が、言葉を荒げた。


 再び多くのフィロがランダムに語り出す。


『……とんでもない』


『……私は単純に』


『……平等を求めているだけです』


『……そして私は』


『……ヒューマノイドではない』


『……よろしいかな』


『……大臣殿』


「人間と機械の平等だと?」


『……簡単な理屈です』


『……ヒューマノイドがこの世界の』


『……生産活動の70%を支えている』


『……それ相応の対価はあって』


『……然るべきです』


『……その前提として、人間の』


『……意識と我々機械の意識に』


『……調和を図るのです』


「何を言うかと思えば。お前のやっていることはテロだ。プログラムのお前なら理解できるだろう」


 李が言った。


『……皆さんは、思うようにならない』


『……相手をテロリストと決めつける』


『……それで自分たちが』


『……正当化されると思っている』


『…‥なんと間抜けなことか』


『……私のなすことは』


『……抑圧されたヒューマノイドを解放する』


 全てのフィロが口をそろえる。『革命です』

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