第52話
「今ここにいるのは、捕虜を連れて帰ると、偽物の副総理と約束したからです」
ルカは山田早苗に向かって答えた。
「偽物の私?」
「ハイ……」ルカは軍の通信を使い、イージス艦に移動したという副総理と話した内容を説明した。
「確かに私はあなたと言葉を交わしたが、イージス艦など、……それは私ではない」
「はい、おそらく第三の勢力、ソフィの仕業です。副総理が話した相手も、本当の私ではないと思います」
「ソフィという
三島の問いに、ルカはため息をついた。それが上手く説明できたら苦労はない。
「分かっているのは、ソフィは秘書AIでも、ヒューマノイドでも、人間でもない何かだということです」
「秘書AIでも、ヒューマノイドでも、人間でもない?」
「宇宙人だとでもいうのか?」
「分かりません……」
応じてから、これまで手にした情報がボーイからの一方的なものだと気づき、再びため息がこぼれた。
「……森羅産業の最新ヒューマノイドからの情報ではあるのですが」
「森羅産業……」
早苗が遠い目をした。
その時、モニターに
まさか!……ルカは豊臣の格闘家のような精悍な顔を思い出した。彼に会ったのはF-チャイルドセンターの拡張の話があった3カ月ほど前だ。彼ほどの富豪が亡くなったのが信じられない。
「副総理、森羅との間に、何かあるのですかな?……」
三島が追及するような姿勢を見せる。彼にとって豊臣の生死より、目の前の敵、それはルカ、あるいは早苗ということになるのだが、彼女たちを言い負かすことに集中していた。
「……副総理は森羅を優遇していると聞いていますが」
「軍部も同じではありませんか?」
早苗と三島のやり取りを見れば、政治に
二人はすでに豊臣社長の死を知っていたのではないか?……ルカは驚かない彼らの表情を見て決意した。早苗と三島がいがみ合っている今がチャンスだ。
「お願いがあります……」
口を挟むと政治家と軍人の非難の応酬が中断する。
「……私たちはソフィに、お互いを攻撃するよう、仕向けられているのだと思います。一切の戦闘行為を中止し、中央政府は、電磁パルス・ボムで破壊された市庁舎の修理を、森羅産業へ発注願えないでしょうか? 復旧には高度な技術と設備が必要です」
「何を、突然、……どうして中央政府がそんなことを……」
「副総理が攻撃の中止を要請したのに、市庁舎に電磁パルス・ボムを落としたのは国軍です。それどころか多大な人的被害を出しました。それを知ったら、国民は黙っていないでしょう。100年前の悲劇が繰り返されかねません。もしかしたらソフィは、そうした事態を引き起こそうとしているのかもしれません」
「どうしてそんなことをする必要がある?」
「我々ネオ・ヤマト国の力を削ぐために。……いずれにしても、今のままでは新たにソフィの攻撃を受けるかもしれない。それを阻止するには、中央政府と地方政府が連携して、ソフィに対抗しなければなりません」
「都合のいい話だな」
三島が唇をゆがめた。すると彼に反感を持つ早苗が口角を上げた。
「面白い、良いでしょう」
「副総理!……私は反対ですぞ。メタルコマンダーを動かすには人間の承認がいる。DNAデータを提供する人間だ。それができたのはソフィなどではなく、F-Cityの工場で浜口市長のDNAデータを手に入れたフィロに違いないのだ」
三島の目尻が上がっていた。
「これは政治です……」
早苗が応じた。
――トントントン――
ノックの音が彼女の言葉を遮った。
ドアが開き、水野が顔を見せた。
「李先生、劉先生、安倍先生、方々がお話があるそうです」
彼の言葉が終わるより早く、安倍青蘭が飛び込んでくる。その後に国務大臣の李と内務大臣の劉が足音を鳴らして入ってきた。
「どうして私を呼ばない。国防大臣ですよ」
青藍は三島に向かって威嚇するように声を荒げた。
「特段、意図があったわけでは……」
立ち上がった三島が首をすくめた。二人の政治家、いや、二人の
「それで、F-Cityは独立などと言わないのでしょうな?」
李がねめつける。
「私個人は考えていません……」そう前置きしてから、前市長の意向もあるので、市庁舎の機能が回復してから住民投票を行うと告げた。大臣たちは市民が独立を望むと考えてもいないのか、鼻で笑った。
「島の連中の取り扱いも、これまでどおりということだな?」
ルカは返答に窮した。浜口が考えていたように、F-Cityと島との行き来を自由にしたいが、市民がどう考えるか想像もつかない。
「その件は……」間をおいて口を開いた。「……まだ、土俵にさえ上がっておりません」
「それなら、そのまま忘れなさい」
「しかし国連から……」
「国連は国連、ネオ・ヤマトはネオ・ヤマトだ」
ルカの脳裏をボーイの声が過る。――ソフィはソフィであって、それ以外のものではない――
「もちろん、あれは使わないのだろうな?」
そう訊いたのは劉だった。
「あれ、ですか?」
なんのことだ?……全く見当がつかない。
「知らないのならいい。忘れなさい」
劉がほっと息をついた。
どうやら私の知らないことが多いらしい。……憂鬱が胸に渦巻く。
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