第51話

 しばらく歩いた後に三島がひとつのドアを開けた。巨大モニターと応接椅子だけの殺風景な部屋だった。


 応接椅子に座り、イライラと貧乏ゆすりをしている山田早苗の背中があった。モニターに映っているのは1号機の墜落現場だ。


「失礼しますよ」


 三島は、彼女の背中に向かってれ馴れしく言った。


 早苗が立ち上がり振り返った。その顔は厚化粧で糊塗されただけでなく、繰り返された成形手術で本来の年齢より若々しく見えた。


 彼女の政治生命も、医療の進歩に支えられているのに違いない。……ルカは漠然と、そう感じた。


「あなたがF-Cityの加賀美?」


 表情を変えない早苗が、メタルコマンダーに重なって見えた。


「加賀美ルカです。先ほどの要求を全てのむわけにはいきませんが、拘束した兵士22名をお返しに上がりました。しかし……」


 ルカはモニターに映っている強襲ドローンの残骸を目で指した。


「……Tokio-City上空で襲われ、今こちらにお連れできたのは6名です」


 早苗が映像に目をやり、「あれは事故ではないの?」と三島に顔を向けた。


 彼は答えず、二階堂に視線を投げる。


「自分から説明します……」


 二階堂が地上からミサイル攻撃を受けたことと、空軍の無人戦闘機までが出撃してきたこと、3番機との連絡が取れず、搭乗員の生死は不明だと報告した。


「同士討ち、ということですか?」


 早苗の眉間に深い皺ができる。厚い化粧が落ちてしまうのではないか、とルカは案じた。


「我々軍令部からは、攻撃命令は出していない」


 三島が断言した。


「では何故?」


 彼女は首を振りながら腰を下ろした。その正面に三島が座る。「さあ?」とでも言ったのか、口を一度開き、すぐに閉じた。


 椅子をすすめられないルカと二階堂は立ったままだ。


「あれはどういうことです?」


 答えを得られない彼女が、モニターを指して再度尋ねる。


 三島が上半身をひねり、モニターに目をやる。「困ったものだ」と独り言をいった。とことん副総理に応じるつもりはなさそうだった。それでルカが口を開いた。


「第三の勢力がメタルコマンダーと無人機を操っているのではないでしょうか?」


 ルカは確信していた。ソフィが陸軍のシステムを乗っ取り、自分たちの帰還を妨害したのだ。それで戦場には人間の兵士がいなかったのだろう。


 早苗がフンと鼻で笑った。


「第三の勢力って……。相変わらず夢でも見ているのではないの? F-Cityは秘書AIを使って中央政府にハッキングを仕掛けた。しかし、私たちは秘書AIを削除、あなたたちは特殊部隊の襲撃で市長を失い、あなたはここに連行された。F-Cityは負けたのよ」


「エッ……」


 話が食い違っている。……その理由が理解できず、ルカは唇を結んだ。


「いずれにしても国家反逆罪の裁判が始まるまで、拘置所でゆっくりしてもらいますよ。……そんなことより、F-Cityの武装解除は進んでいるのでしょうね?」


 彼女が政治家の口調で畳みかける。その問いは二階堂に向けられたものだ。


 二階堂の顔から感情が消えていた。それが憤りのためか、屈辱のためか、ルカには分からなかった。


「二階堂さんの代わりに、私が説明しましょう」


 ルカは半歩前に出た。……彼に比べれば自分の方が口は達者だ。それに、副総理に言われっぱなしでは面白くない。


「山田副総理が発した帰還命令は平文だったために正式命令としては受理されなかった。それで特殊部隊はF-Cityを計画通りに襲った。制圧部隊は良く戦いました。市長を殺害し、一旦は市庁舎を制圧しました。しかし、結果を言えば、F-Cityの武装警察とメタルコマンダーに負けたのです。武装解除を行ったのは私たちの方です。……特殊部隊は6名が戦死、重症の4名はF-Cityの病院に収容しました。他は捕虜、いえ、拘束しました。特殊部隊は負けたのです……」


 ルカは、早苗の脳に刻み込むように、特殊部隊が負けたのだと繰り返した。


 早苗の顔から血の気が引いていた。逆に、三島の顔は真っ赤だった。侮辱されたとでも思ったのだろう。


 ルカは続けた。


「……怪我人以外は私が連れ帰りました。しかし、帰還途中に東京上空で一機が撃墜されました。メタルコマンダーが撃った対空ミサイルによるものです。モニターに映っているのがその機体です。搭乗員の安否は不明……」


「もういい!」


 早苗が声を荒げた。


「政治家は長い話をするのは得意だけれど、長い話を聞くのは不得意なのですね」


 ルカの嫌味に彼女が顔をしかめる。


「話がのみ込めない。陸軍は私の帰還命令を無視し、そのうえで負けたのか……」


 彼女の冷たい視線が二階堂を射た。


「市長代理が説明した通りです。我々が受信したのは平文通信でしたのでフェイクと判断、無視しました。それは決められていることです。その後、F-CITYの制圧を強行して敗れました。CITYの戦力を甘く見ていたためです。帰還時、強襲ドローン1機が陸軍ハチハチ式AT地対空ミサイルによって墜落。攻撃したメタルコマンダーはNSN基地、AG基地所属のもので、製造工場は全て森羅産業F-City工場です。撃墜された機の搭乗員8名は、おそらく全員即死したものと思われます。我々はEMPBを使用して地上に展開していたメタルコマンダー部隊を殲滅せんめつしながら着陸を強行。尚、EMPB使用による通信機故障により3番機との連絡は取れていません。無人攻撃機2機の攻撃を受けていると推測されます」


 二階堂が改めて状況を報告した。


「F-City工場? メタルコマンダーの製造過程で、City側に何らかの細工をされたのか? ならば数年越しの長期計画。……森羅産業が無断で細工を……」


 三島が唸り、悔しげにテーブルを打った。


「時間の猶予がなく、確認できたのはメタルコマンダー9体のみです。それらの製造過程で何らかの細工をされたのかどうか、今後の調査が必要です。兵器開発部を派遣すべきだと考えます」


 報告する二階堂の横顔を、ルカは不思議な気持ちで見ていた。軍の中には、政治家だけでなく、民間企業に対する不信感もあるようだ。


「それで加賀美さんは、わざわざ捕虜を返しに来てくれたというのか? それとも、皮肉を言うためにここに来たのか?」


 早苗が負け惜しみを言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る