Ⅷ章 地下シェルター

第49話

 長い階段を下りると、途中にはいくつかの分岐点があり、扉もあった。まるでラビリンス迷宮だ。


「その先は居住区」「その先は娯楽室」と、時折、二階堂が説明した。


「ここが救護室」


 それは広い通路にあった。二階堂は、そこに大塩と鴨木田を預けた。


 再び通路を歩き、ひときわ大きなドアを開けると、眼下にテニスコートほどの空間があった。


 並んだ机やテーブルに軍人と官僚が並んでいる。


 机には情報端末が並び、官僚がオペレーターを使って国家機構の回復に努めているように見えた。


 テーブルに集まっている軍人は、テレビやネットニュースを視ている。リラックスした様子で、地上の情報を監視しているようには見えなかった。


 ルカたちは、荒川の土手に突っ込んで原形を留めない1号機の残骸と搭乗員を探す陸軍の兵士たちを映す、大きなモニターの前に立った。ニュースキャスターが、軍の演習時の事故で強襲ドローンが墜落した、と報じていた。


 1号機を狙ったミサイルは弾頭が複数に分かれてプラズマビームを発するタイプで、それを受けた機体に複数の穴があいていた。強度が落ちた機体は墜落の衝撃で裂け、ねじれ、つぶれていた。搭乗員の一部は溶けてしまった可能性もある。


 同じミサイルが2号機に向けられなかったのは、地上すれすれに突入したからだ。


 市民が撮影したという、煙を引きながら落ちる1号機の映像はあったが、行政中央地区周辺は軍によって封鎖されているために、2号機の映像はない。万が一、着陸の様子を撮影した者がいたとしても、電磁パルスボムの影響で、映像どころかそれを記録したデータも撮影機器も壊れているだろう。


 3号機に関する情報は全くなかった。海にでも落ちたのか、あるいは情報の出ないどこかの基地に着陸したのか……。どちらでもいいから乗員が無事でいてほしい、とルカは念じた。


 キャスターは、昨日深夜にCITYの一部で発生した大規模な停電や電子機器の故障と、軍の訓練とに何らかの関連があるのではないか、という識者のコメントを読んだ。その後に政府の報道官が現れ、Cityの停電と電子機器の故障はサイバーテロの一種であり軍の事故とは関係がない、と発表した。


「なんだ。俺たちの決死の突入が事故だというのか」


 ルカの隣で堀内が言った。


 ニュースを視ていた軍人の一人が堀内の声に気づいて立ち上がった。


「二階堂少佐、堀内少尉……」


「よう。篠塚少尉じゃないか。こんなところでネット観戦か?」


「嫌味はよしてください。シェルターのシステム復旧です。何故か、インフラサーバーが上手く動かないのです。……で、少佐こそどうしたのです。エフに行ったきり連絡がないので心配していました」


「それはすまないな」


「その方は!」


 ルカを認めた篠塚が表情を変え、銃をぬこうとした。それを二階堂が制止した。


「待ってくれ。客人だ。武器は持っていない」


「どうも。F-Cityの加賀美です」


 どうやら自分はTokioでも有名らしい。……ルカは目の前の軍人と官僚らに向かって頭を下げた。


「失礼しました。陸軍情報部の篠塚です」


 彼が手を出して握手を求めた。ルカは素直にその手を握り返した。


「こんな報道でいいんですかね。これじゃ、国民にメタルコマンダーの反抗が伝わりませんよ」


 土田が口を尖らせた。


「いいんだよ。報道とはそんなものだ。寝た子を起こさない方がみんな丸く収まる。身の回りに危険があるからと言ってびくびくしていたら、人生が楽しくないだろう?……突然死んだ方が、気が楽というものさ」


 篠塚がへらへら言う。


「そうですかね。危険と向き合って乗り越えようとする方が、力がわくと思うけどな」


「そんなのは土田みたいなバカだけさ。多くの国民は何も知らないから、我々に戦えと言えるのさ。自分は安全なところに身を置いて、死ぬのは自己責任だと言う。それが賢い人間の生き方なんだ」


「そして突然殺されてしまう?」


 土田は皮肉っぽく言った。


「自分が傷を負って初めて痛みを知る。多くの人間はそんなものさ。他人の痛みなど分かっちゃいやしない」


 そう言う篠塚は、F-Cityで命を失い、傷ついた仲間や警官の痛みを理解しているのだろうか?……ルカは吐き気を覚えた。もう、吐き出すものはないのだけれど……。


「話が盛り上がっているところすまないが、痛みを知らない政府のお偉方が隠れているだろう?」


 二階堂が奥のドアを顎で指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る