第48話

 隊列の先頭を二階堂が歩いた。どうやら旧国会議事堂から地下シェルターに下りる方法は彼しか知らないようだった。ルカは担架で運ばれる大塩の隣を歩いた。彼は鎮静剤を打たれて死んだように眠っている。


「3号機はどうなったの?」


 ルカは担架を運ぶ堀川に尋ねた。


「EMPBを使ったので連絡は取れません。もし目視であいつを見つけたら、迎えに来てくれるかもしれません」


 彼は、あいつと言う時にぼろぼろになった強襲ドローンを目線で指した。


 ルカは足を止めて振り返った。


「急いで! そろそろ戦闘機が来ます。EMPBのおかげで、こっちは丸腰なのです」


 鴨木田を背負った土田がせかした。


 丸腰と聞いて、やはり無人戦闘機に対して銃剣では太刀打ちできないのだと思った。


 兵士たちの歩みは早かった。追いつこうとするとかさばるバッグと手にしたパンプスが邪魔になる。


 彼らの足手まといにならないよう、荷物を捨てるしかない。教授、ごめんなさい。……フォーブル教授に借りた通信用のタブレットをバッグから出して捨てた。EMPBで壊れたとはいえ、他人の物を捨てるのは心苦しかったが、そこは心を鬼にした。今は非常時なのだ。しかし、パンプスは捨てなかった。


 旧国会議事堂の受付窓口には中性的な容貌のヒューマノイドが座っていた。


 しかし、それもまた電磁パルス・ボムのために機能を停止している。それを見るとメタルコマンダーを見たときとは異なる感情が沸き起こる。メタルコマンダーは壊れたロボットにしか見えないけれど、受付のヒューマノイドは〝遺体〟に見えた。


 建物の内部に入ると、説明係と思われるヒューマノイドが祭りの後の空き缶のようにに転がっていた。やはりそれも〝遺体〟だ。


「今のEMPBで壊れたのですか?」


 胸の痛みを言葉にした。


「我々が来るまでここが稼働していたとするなら、人間がいるはずだ。それがいないところを見ると、フィロ、もしくはソフィの攻撃を受けて機能が停止したのだろう。見学者は歩いて帰ったに違いない」


 二階堂の説明を聞き、ルカの気持ちが少し和らいだ。〝遺体〟は自分たちの武器による被害者ではない。とはいえ、それらが放置されているさまには胸が痛んだ。


「向こうだ」


 二階堂の指示に従って地下通路に下り、物置のようなドアの前に立った。暗証番号を打ち込むような古いタイプのセキュリティー装置があったが、液晶画面は色を失っている。


「壊れていて開きません」


 ノブを回しながら土田が言った。市庁舎と逆で、電子錠が壊れると開かなくなるタイプだった。


「そうか。……どけ」


 二階堂が前に進み、小銃をノブに向ける。


 タン、タン……乾いた爆音が廊下に反響し、ルカの鼓膜こまくを激しく揺さぶった。両手で耳を押さえたが手遅れだった。鼓膜を襲った振動は、柔らかい脳をしびれさせた。


 ドアの先は小さなホールだった。左側の壁際に小さな吹き抜けがあって、トップライトからわずかばかりの自然光が降り注いでいる。


 正面にはエレベーターがあった。堀内がボタンを押したが、案の定それは完全に沈黙している。


「くそっ」と鴨木田を背負った土田がエレベーターのドアを蹴った。


 右側の壁にスチールのドアがあって、その先は床も壁も天井もコンクリート製の殺伐とした階段ホールだった。8人は整然と列を作ってそこに入った。


 最後の隊員がドアを閉めると階段は光を失う。


「またか」


 ルカは市庁舎の非常階段を手探りで歩いたことを思い出した。


「スイッチを探せ」


 バイザーを上げた二階堂の言葉で、彼らの暗視装置も電磁パルス・ボムの影響で壊れているのだと気づいた。


「照明も壊れているのでは?」


 最後尾の隊員が言った。


「ここは旧式設備だ。電磁波では壊れない電球がぶら下がっているはずだ」


「少佐、ありました」


 暗闇の中で誰かの声が反響し、光が生まれた。二階堂の言う通り、オレンジ色の電灯が縁日のように並んだ。


「最後尾、里中。追手があるかもしれない。警戒おこたるな」


「了解」


 里中の返事に追われるように、ルカは二階堂の大きな背中を追って階段を下りた。後ろに続くのは鴨木田を背負った土田だ。鴨木田は荷物のように担がれているのだが、ルカは背後から4つの瞳で見られているような気がして落ち着かなかった。


 ――トントントントン――


 閉塞空間に兵士たちの靴音が鳴る。電磁パルス・ボムの影響を受けた彼らの靴が音を消すことはない。


「市長代理は井上を知っているのですね?」


 二階堂が歩きながら訊いた。鴨木田がサイボーグだと推測したので、井上を知っていると考えたのだろう。


「はい……」それ以上は話せなかった。


「あいつの最後はどんなでした」


 何故、今ここでそんなことを聞くのだろう?……声を聞いたら応えなければならず、応えたら彼らに恨まれるかもしれない。耳を削ぎ落してしまいたいと思いながら、黙って歩いた。


「メタルコマンダー相手に泣いていなかったかな?……あいつはねぇ、弱いくせにいきがるのだ。それが乱暴な態度になる。誤解されやすい奴なのですよ」


 彼の話は、まるで兄弟のことを語っているようだった。


 ――トントントントン――


 深い闇に反響する靴音は、ルカに何かを要求していた。


「彼を殺したのはメタルコマンダーではありません」


 ルカは二階堂だけに聞こえるように小さな声で言ったつもりだった。しかし、その声は靴音に混じって列をつくるすべての兵士の耳に届いた。


「では、どうして……」


 二階堂が全てを言う前に、ルカは言った。


「井上さんを撃ったのは私です」


 覚悟を決めていた。


 目の前で、二階堂の足が止まる。ルカも止まった。


 兵士たちの荒い息遣いがコンクリートの壁を伝って沈んだ。


 ただでは済まないだろう。……ルカの右手が左腕を強く握っていた。


 長い沈黙があった。


「そうでしたか……」


 二階堂が小銃を背負い直す。


 撃たれる。……身体は動かなかった。


 ドスンと鈍い音がする。土田が座り込んでいた。


「市庁舎の屋上です。強襲ドローンに乗せられる直前でした」


 やっと、それだけ言うことができた。


「まさか、そうだったのか……」


 土田があえいだ。あのとき彼は、意識を失っていたのだ。


「里中、土田と交代しろ」


 二階堂が姿勢を変えずに言った。


「自分ですか……?」


 里中が呻くように言ったが、命令を拒んだわけではなかった。前に出ると、土田の背中から鴨木田の身体を引き継いだ。


「……こいつ、案外重いぞ」


 土田がホッと息を継ぐ。


「交代完了」


 土田が里中の後ろに回って言った。


 二階堂が動いた。


 ――トン――


 彼の足音に引きずられてルカも動いた。


「許してくれるのですか?」


 ルカは二階堂の背中に尋ねた。


「それが戦争です。あなたが殺さなければ、井上があなたを殺したでしょう」


 ――トントントントン――


 階段を下りる兵士の足は、レクイエムのリズムを刻む。哀れな魂は一片の儚い音楽を奏でて細胞の海に溶けていく。


 女神が支えるの上で、強者と弱者、生者と死者、ルカと井上の均衡が回復していく。

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