第46話

『レーダーに空軍無人攻撃機2機、西南西400キロ、接触まで20分』


 スピーカーから興奮した声がする。


「泣きっ面に蜂だ。このままでは、いい鴨にされるぞ」


 鴨木田が誰にともなく言った。それに比べて二階堂の言葉は明確だった。


「堀川、安本! EMPBとデコを用意しろ。3番機は高高度からEMPBを通常投下して退避。戦闘機との対決は避けろ。EMPBの起爆高度は500メートルに設定。2番機は低空で侵入。出来るだけ敵の中央部に入ってEMPBを使う。放出3秒後に起爆、タイミングを間違えるな」


「機体間近で使うのですか?」


 鴨木田が疑問を口にした。


「そうだ。すまんな、鴨木田。これしか手が無い」


『それでは機体も武器も使えなくなる可能性があります』


 スピーカーから堀川の声がした。


「自分のことは、いかようにでもしてください」


 鴨木田が言った。それがどういうことか、ルカには理解できなかった。


「低空で突っ込んだ時点で機体はボロボロになる。なあに大丈夫だ。生きていれば何とかなる。全員、小銃を携行、銃剣じゅうけんを装備。弾丸は徹甲弾てっこうだん。青山、3番機は任せたぞ」


『了解』


 スピーカーから流れる太い声に、ルカはF-チャイルドセンターで見た青山の顔を思い出した。何故か親近感を覚える。こうして戦友の感情は強化されるのだろう。


 兵士たちが立ち上がって武器庫から小銃と銃剣、弾薬を取って戦闘の準備を始めた。小銃は樹脂製のボディーで、先端に取り付けられた銃剣は刃渡り30センチほど、鈍い光を反射している。


 銃剣、……初めて見たそのシンプルで安価な武器が、今の時代にどれだけ役立つのだろう?


 ルカは、小銃の先端に装着された刃物に人間の業が宿っていると感じた。電子部品で強化された武器が使えなくなっても、それには己の命を盾にして最後まで戦おうという執念や怨念、ひいては無知があると思う。


「装備を点検したら席に戻れ……」


 部下に言ってから二階堂がルカと大塩に目をむけた。


「……厳しい着陸になる。シートベルトをしっかり締めろ。しゃべると舌をかむから、口を開くな。それと、これを」


 彼が差し出したのは耳栓だった。


「それはどういう着陸なのだ?」


 大塩が尋ねても「説明する時間がない」と拒み、席に戻った。


「タイムカウント、8分、作戦開始」


『了解、作戦開始』


 強襲ドローンが傾く。


 ルカはシートベルトを締め直し、耳栓を手にして迷った。機内は静なのにどうしてそれが要るのだろう?……周囲を見回せば、兵士たちはヘルメットを装着しているので、耳栓が要るのかどうか分からない。


 両手でそれを握って目を閉じた。――2番機は低空で侵入。出来るだけ敵の中央部に入ってEMPBを使う――二階堂が操縦室に命じた声が脳をめぐる。


 全ての機械が壊れるのだ。……空想の視界が広大な草原に落ちる。車も飛行機も戦車も、ありとあらゆる近代兵器が電磁パルスで壊れた世界。……そこでの戦いは人と人との肉弾戦だ。小銃で撃ち合い、弾がなくなれば突撃して斬りあう。いや、突きあうのか……。


 もっとも、十分な開発費が投入されていれば、電磁パルスを完全にシールドする兵器も開発されているはずだ。……草原の中で、一人の兵士だけが電磁パルスの影響を受けない最新兵器を持っている。彼は決してスーパーマンではない、普通の人間だ。彼は銃剣を構えて群がる兵隊たちを、強力な兵器を使い、たった一人で殺し尽くしてしまう。そんな虐殺シーンが頭の真ん中で繰り返された。


 額の傷が痛む。……あの頃の私は強力な兵器に丸腰で近づく子供だった。


 気づけば、草原だと思っていた場所は、無数の銃剣が地面に突き立てられた墓場だった。草木ではなく、人間の暴力性が林立しているのだ。その下には暴力に屈した遺体が眠っている。


 文明国同士の武器開発競争はイタチゴッコで留まるところを知らない。それが近代文明にとって必要なバランス、……抑止力だと中央政府は主張してきた。それを前提にすれば、文明に格差が生まれてバランスが崩れた場合、草原での戦いのような虐殺を是認ぜにんするということだ。


 今、自分たちはその可能性のある墓場に下りようとしている。


 神さま、私たちを守ってください。……信じてもいない、どこかの神さまに祈った。


 2番機は急速に右に旋回して高度を下げていた。全身が平らに潰れてしまいそうな強い圧力で、ルカは空想から現実の世界に、マヨネーズのように絞り出された。耳鳴りに混じって「ご武運を」という誰かの声を聞いた。


 ルカは窓の外に目をやった。海が、間直に迫っていた。


「キャノピー、窓のシャッター下ろせ」


『了解』


 小さな窓にシャッターが下りて、海を押しつぶしていく。


 海も雲も風も太陽も見えなくなり、4カ所ある出口の上の案内灯と、そこへ導く床の誘導灯の明かりがのこる。それが異様に眩しい。


 完璧なまでに人工的な世界に変わった機体は飛ぶ棺桶に思えた。


『シャッターの閉鎖確認』


「ヨシ」「ヨシ」「ヨシ」


 兵隊たちの短い声が続く。


 二階堂がシートベルトを外し、身体をひねって言った。


「市長代理、必ず耳栓を。それからシートに背中をぴったりと押し付けておいてください。背骨がおれたら苦しいですよ」


「どうして……」


 理由を訊こうとしたら、彼は前を向いてしまった。とりあえず耳栓をつけた。


『3番機、デコ投下……EMPB投下』


『地対空ミサイル、デコとEMPBに向かっています』


「このまま突っ込め、デコ投下。走行輪、出せ」


 ゴトゴトと機体に振動が伝わる。


『走行輪、正常』


 彼のゴーグルには外の景色が映っているのだろう。見てみたい!……好奇心が疼く。


 刹那、ガンガンとドラム缶を叩くような音がした。機体に何かがぶつかっているのだ。爆音だ。その音から耳を守るために耳栓を渡されたのだと納得したが、それが役に立っているとは思えなかった。


 音と共に激しく機体が揺れる。身体が上下左右、前後にゆすぶられた。シートベルトが身体に食い込む。無意識のうちに奥歯をかみしめていた。口の中に鉄錆びの味が滲む。


 機体が地面に叩きつけられたような衝撃があった。


『3番機EMPB、被弾』


「ヨシ、EMPB、放出!……1……2……起爆!」


 二階堂の声は、機体を叩くどんな破裂音よりも大きかった。


『起爆、了解』


 その声を最後に音が消えた。


 ルカは自分が死んだと思った。意識が飛んでいた。

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